2017年5月17日 (水)

焦点・桐竹勘十郎、「著書と語る」で会見

 文楽の人気人形遣い、桐竹勘十郎さんが、「一日に一字学べば」(コミニケ出版)を上梓した。5月9日に日本記者クラブ(東京・内幸町)の「著者と語る」で会見、あれこれ話した。
 出版社から修業時代について執筆するよう依頼され、昭和42年に三世吉田簑助師匠に入門して以来の半世紀を思い返していると、いろんなことがあり、一冊の本になったと出版の経緯を説明した。
中学3年で入門、翌年卒業して人形遣いの仲間入りする。しかし、父(二世桐竹勘十郎)が人形遣いだったからではなく、人手不足のため、と笑う。当時、人形遣いは淡路島から手伝いにきている人を含めても、わずか27人(現在は42人)。人形は3人遣いのため、10体出る芝居は出来なかった、と振り返る。入門の動機について、文楽に興味はなかったが、舞台裏を見て、「すごい」と思ったことを挙げる。
著書のタイトルは、「菅原伝授手習鑑・寺子屋」の菅秀才の台詞。「少しづつ学ばないと人形遣いも上達しないから」と由来を説明した。
修業について「足遣いから始まるが、そのとき、基礎を学ぶ。だから合理的な修業方法」と言い、人形の魅力については、「人間ができることは何でもでき、それ以上のこともできる」と胸を張った。
さて、自著の紹介、人形操作の解説のあと質問に入った。
筆者は太夫、三味線、人形遣いの文楽三業の中でも最も人気が高く、リーダー的存在の勘十郎さんの会見であるから、本を離れ、文楽のふたつの危機について質問した。
 ひとつは切り場語りの太夫が1人しかいない現状について。
「今、三業で80人ちょっといます。昔から見ると増えており、研修生も育っています。ただ、切り場語りと呼ばれる、実力と経験を積んだ太夫さんが1人になってしまいました。頼りにしていた方々が引退されたり、亡くなられたことがここ数年続いており、危機的な状況かもしれません」と説明。「若い人が舞台の経験を積んで実力をつけていくことしかありません」と加える。
その対応策も語った。「幸い人形の見た目でやっていけるなら、人形が頑張っていきます」。ここは人形遣いの頑張り時というわけだ。その一方、「三味線が太夫を育て、また太夫が三味線を育てるやり方をとっています。三味線の(鶴澤)寛治師匠(人間国宝)も(鶴澤)清治兄さん(同)も元気ですから、若い太夫が勉強していただきたい。太夫の声になるのには20年かかると言われます。ちょっと時間がかかるかもしれませんが、文楽全員で次の時代につなげていきたい」。
そして、もうひとつの危機は、近年厳しい地元大阪の補助金。これには「なんとか乗り越えていくしかありいません」と答えた。
「大きな会場でできる芸能ではない。大阪の国立文楽劇場が752席。東京は600弱。これが限度。本当であれば人形の細やかな表情を見ていただける300席ほどの会場がいいでのすが」と本音を吐露しながらも、「300年続いている文楽を私たちの時代で絶やさないように頑張っていきたい」と決意を披露した。
 三業の助け合いでつなぐ伝統。貴重な芸能の存続発展を願う。(伝統文化新聞にも掲載します)

2017年5月14日 (日)

前進座「裏長屋騒動記」評

<見>映画の山田洋次監督が監修・脚本。演出は小野文隆。らくだの馬の死体で大家を脅す「らくだ」と清廉潔白な若侍と素浪人の娘が結ばれる「井戸の茶碗」。ふたつの古典落語をいずれでも活躍する屑屋を使って巧みに重ね、心温まる爆笑の新作歌舞伎を作った。
 出演者を見ていく。
嵐芳三郎が紙屑屋久六。達者な話芸で狂言を回し、主役の責務を果たした。
清雁寺繁盛が、らくだの馬。落語では死体だが、本作ではふぐに当たって死ぬ前から登場する。生前の傍若無人ぶりが分かる。
 藤川矢之輔が、死体を踊らせて大家を脅かす緋鯉の半次。いつもより突き抜けた芸で、やくざ者の凄みを効かす。監修者が求めるリアルな演技をして好演。
 忠村臣弥が、買った仏像から出てきた五十両を元の所有者に返すべきだと譲らない正直者の高木作左衛門。真面目な若侍をさわやかに演じている。
 今井鞠子が千代田朴斎の娘お文。けなげで可憐。作左衛門の嫁に求められ、はっきり自分の言葉で受諾を語る。ここが、従来からの「文七元結」などと異なる新しさであろう。
 珍しく男を演じているのが女形の河原崎國太郎、赤井綱正で、奇人の如き殿様。短い出演時間の中でたっぷり笑わせ、存在感を示した。
 ベテラン武井茂がいい。貧乏浪人ながら、売った仏像の中から出てきた金は受け取らないと言い張る千代田朴斎。清貧に耐える古武士の風格と娘への父性愛が漂う。
11日所見。
――22日まで国立劇場大劇場で上演。

2017年5月13日 (土)

東宝ミュージカル「グレート・ギャツビー」評

<見>米映画でも知られるF・スコット・フィッツジェラルドの小説を小池修一郎が脚本・演出。音楽はリチャード・オベラッカー。
 禁酒法時代のアメリカ。二枚目で教養高い謎の富豪ギャツビー(井上芳雄)が夜ごと豪華なパーティーを開いている。それはかつての恋人デイジー(夢咲ねね)との再会を目論んでのこと。しかし、正体が暴かれていく。
 ギャツビーの演じどころはふたつある。ひとつは上流エリートとしての表の顔と、反社会勢力のボスとしての顔を演じ分けること。そして、デイジーの母に、家柄違いだからと交際を断られたことに対する屈折した心理を表現すること。井上はいずれもうまく表現した。俳優として成熟しつつあることを示している。
 近年、映画ゆかりの舞台に取り組んで成果を挙げているが、歌唱に関して言えば「シェルブールの雨傘」ほどのインパクトはなかった。
 夢咲は戦争と母の仕打ちで最愛の人と結ばれなかった女性の悲しみを的確に出した。田代万里生が善良な隣人ニックを好演した。ほかに広瀬友祐、畠中洋らの共演。
10日所見。
29日まで日生劇場で上演。

2017年5月11日 (木)

團菊祭五月大歌舞伎評

<見>尾上梅幸二十三回忌・市村羽左衛門十七回忌追善公演。さらに坂東彦三郎の初代楽善、長男亀三郎の九代目彦三郎、次男亀寿の三代目坂東亀蔵襲名、亀三郎長男侑汰が六代目亀三郎を名乗り初舞台を踏む。三代襲名に加えて、菊五郎の孫寺嶋眞秀が初お目見得。重ね重ね目出度い公演だ。
襲名披露演目は昼夜各1本。昼の部「石切梶原」では新彦三郎の梶原平三。葵太夫の名調子に乗り、客席を向いて派手に石の手水鉢を切った。祖父十七代目羽左衛門、父も演じた十五代目羽左衛門型の警鐘である。襲名で最もやりたかったことであろう。気負いすぎのせいか、重みは不足しているが、口跡よく、さわやかさもあるので、この役のような生締を演じる役者になることを期待する。新亀蔵が俣野五郎。張り切っているし、口跡もいい。ただ、敵役の憎々しさがほしい。新楽善は大庭三郎で、こちらは手慣れており、役の大きさが出ている。
 團蔵が六郎太夫。細い声を使い、優しい老けにしている。尾上右近の娘梢。松緑が囚人剣菱呑助で健闘した。試し切りされる前に泣きながら悔やむ。主役級はあまり演じない汚れ役だが、襲名祝いも盛り込みながら真摯に語る。これで腕が一段上がるのではないか。菊之助が奴菊平で顔を出した。
 夜の部は「寿曽我対面」。菊五郎の貫禄ある工藤祐経、時蔵の柔らかい曽我十郎に見守られる中、彦三郎が曽我五郎。ここは気負いが勢いになり、仇討ちへの熱意がみなぎる。いい荒事。楽善が小林朝比奈、亀蔵の近江小藤太、亀三郎の鬼王家臣亀丸。
 ほかに萬次郎が大磯の虎、権十郎が鬼王新左衛門、家橘が梶原平三で出演。松也の八幡三郎、梅枝の化粧坂少将。菊五郎が座頭役を勤め劇中で襲名口上。

 その他の演目。昼の部の「吉野山」は海老蔵の忠信に菊之助の静御前。美男美女の華麗な道行。男女蔵の逸見藤太。
「魚屋宗五郎」は菊五郎の当たり役、宗五郎で、江戸の市井の風が吹く。時蔵の歯切れのいい女房おはま。團蔵が父太兵衛。権十郎の小奴三吉に梅枝のおなぎ。左團次の家老浦戸に松緑の磯部主計之介。役者がそろい、当月一番の出来。寺嶋眞秀が酒屋丁稚与吉で、喝采を浴びた。
 夜の部は「先代萩」で「奥殿」「床下」「対決」と進む。菊之助の政岡。忠義ゆえにわが子を犠牲にする母の悲しみを熱演しているが、片外しの格がほしい。海老蔵の仁木弾正。太い声に重量感が増し、国崩しらしくなってきている。
 歌六の八汐。松緑の荒獅子男之助。右團次の渡辺民部、市蔵の渡辺外記。梅玉がさっそうとした細川勝元で名裁き、「対決」の見せ場を作った。
 最後が舞踊「弥生の花浅草祭」。松緑と坂東亀蔵が常磐津、清元、長唄と変わる長丁場を踊り抜く。「三社祭」は軽快に、「石橋」は勇壮に。昼夜の芝居をびしっと締めて、幕にした。松緑は汚れ役、殿様、荒事、変化舞踊と大活躍の月であった。
4日所見。
――27日まで歌舞伎座で上演。

2017年5月 1日 (月)

冨士元派四世宗家新内仲三郎・七代目家元新内多賀太夫襲名披露公演評

<見>8時間におよぶ一門の慶事。好演目も多い。
「道中膝栗毛・赤坂並木の段」は仲三郎長男剛士改め多賀太夫が弥次喜多物を滑稽味十分に語る。口跡よく、声に艶がある。これまでに本作の他段を演奏してきた経験が生きる。三味線は新内仲士幸。
かずはじめ作詞「寿猫」は作曲(剛士名義)した多賀太夫が語るご祝儀曲。藤三智栄らの立方、堅田喜三久らの囃子が入ってにぎやか。
宗家、家元、名取の並ぶ「口上」は松本幸四郎が座頭役を勤め、歌舞伎の風格と温かさを漂わせた。
 〈明烏異聞録〉は平野靖士の脚本を、多賀太夫が脚本補綴・企画構成・作曲(剛士名義)、弾き語り。箏やパーカッションに乗り、風間杜夫と名取裕子が悲恋を朗読、見応えのあるドラマを作った。
由井宏典作詞、仲三郎作曲、松本錦升振付の「江戸の初夢」は落語「芝浜の革財布」を素材にした舞踊。市川染五郎が多賀太夫と掛け合いをしながら、仲三郎の三味線に乗せて、軽妙に踊る。充実した1曲であった。
 明るさと創作意欲が感じられる公演であった。
4月30日所見。
――国立劇場大劇場で上演。

2017年4月25日 (火)

焦点・映画の山田洋次監督、前進座歌舞伎を脚本・監修

 日本映画の巨匠、山田洋次監督が演劇で大活躍。3月の日生劇場公演「マリウス」の脚本・演出に続き、5月には前進座の国立劇場公演「裏長屋騒動記」で脚本・監修を担当する。その製作発表が4月21日に都内で開かれ、演劇への思いを語った。
 山田監督がラブコールに応えて前進座に初めて書き下ろす「裏長屋騒動記」は、古典落語の「らくだ」と「井戸の茶碗」を綯交ぜにした喜劇で、長屋の人情を描く世話物の新作歌舞伎。演出の小野文隆や、主人公の紙屑屋久六役の嵐芳三郎、緋鯉の半次役の藤川矢之輔ら出演者と壇上に並んだが、質問はやはり監督に集中した。
 子どものころから落語好きという監督は、「名人の噺家が心血を注いだ語りに負けないよう懸命に人間の物語として作り上げていく努力をすれば、歌舞伎の『らくだ』はもっと別な楽しさ、面白さが出てくるはずです」「侍の世界と庶民の世界をクロスさせ、その面白さを舞台で際立たせたい」「腹の底から笑える芝居に」と意欲的。
 「台詞ひとつでどこへでも行ける」「狭い空間に無限の可能性がある」と演劇の魅力を語り、若い出演者への助言を求められると、「歌舞伎は特別なものと考えず、のびのび演じてほしい。その中からいい方向が出てくる」「人間をリアルに的確に演じてほしい。これはどの芝居にも共通すること」と含蓄のある答えが返ってきた。
優しく語る口調は85歳とはとても思えない若々しさ。花道や回り舞台の使い方もわからないので演出家と一緒に作るという。そのため、演出ではなく監修と称している。この
謙虚さも驚きだ。すでに中村勘三郎の歌舞伎や新派でいい舞台を生み出しているが、今後の活躍にも演劇界の期待するところ大である。公演は5月11日から22日まで国立劇場大劇場で上演。=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

2017年4月13日 (木)

東宝・ホリプロ「紳士のための愛と殺人の手引き」評

<見>米トニー賞受賞作の日本初演。日本版演出は寺﨑秀臣。
20世紀初頭の英国が舞台である。貧しい青年モンティ(ウエンツ瑛士)は亡き母が大富豪の伯爵ダイスクイス(市村正親)の一族であり、自分が爵位継承順位第8位であることを知り、継承順位上位者を次々に抹殺していく。ブラックなミュージカル・コメディである。
 本作の眼目は、市村がモンティに狙われる8役、伯爵を始め聖職者エゼキエル卿、銀行家アスクイス・ジュニア、ジュニアの父アスクイス卿、モンティの従兄弟ヘンリー、慈善活動家ミス・ヒヤシンス、陸軍少佐バーソロミュー卿、女優のレディ・サロメを鮮やかに、というかたっぷり笑いを取りながら演じ分けることである。特にお得意の女形、ヒヤシンスとサロメは爆笑である。
 ウエンツ演じるモンティは物語上の主人公。愛と野望に燃える青年を好演している。
 春風ひとみがモンティに母の秘密を教える老女ミス・シングルを個性的に演じ存在感を示した。ほかに、シルビア・グラブ、宮澤エマらが共演。
12日所見。
――30日まで日生劇場で上演。

2017年4月10日 (月)

赤坂大歌舞伎「夢幻恋双紙」評

<見>勘三郎が始めた企画を遺児の勘九郎・七之助が受け継いだ赤坂大歌舞伎。今回は蓬莱竜太作・演出の新作である。
 江戸の町で太郎(勘九郎)、歌(七之助)、剛太(猿弥)、静(鶴松)末吉(いてう)ら子供たちが遊んでいる。長じて歌と結婚した太郎は冷たい金貸しになり財を成すが、家庭崩壊。また、子供時代に戻り、今度は優しい太郎が歌と結婚したがっている剛太を助け、願いをかなえてやるが。同じ子供が様々な大人になっていく。亀鶴演じる歌の無頼漢のような兄・源乃助や亀蔵演じる歌の病弱な父親・善次郎も変貌する。筋だけを追っていると面食らう。シュールな作りである。人間の心の多面性を示して面白い。というか、怖い。歌舞伎には珍しい手法である。珍しいといえば、ピアノを黒御簾と共に効果的に使っていた。
 勘九郎は太郎の色々な性格を演じるが、冷血な守銭奴を演じた件には感心した。芸域を広げたといえよう。
 猿弥、亀鶴、亀蔵がのびのび演じ、
大きな存在感を見せた。
7日所見。
――25日まで赤坂ACTシアターで上演。

2017年4月 4日 (火)

四月大歌舞伎評

<見>昼の部の幕開き「醍醐の花見」は花見の宴で豊臣秀吉(鴈治郎)が、かつて切腹させた秀次(松也)の亡霊に襲われる舞踊劇。注目したのは北の政所を演じた扇雀である。淀殿(壱太郎)や松の丸殿(笑也)、三條殿(尾上右近)ら側室たちの中にあって正室の重みを見せている。台詞も安定している。夜の部「帯屋」のお絹と共に好演。今月の収穫である。
 右團次の石田三成、門之助の門跡・義演、笑三郎の前田利家室・まつ。
 続く「伊勢音頭恋寝刃」は中心となる「油屋」の前に密書を持った悪人・杉山大蔵(橘三郎)らを奴林平(隼人)が追いかける「野道追駆け」が付いて、楽しめるうえ、お家騒動の筋が分かりやすい。
染五郎が主人公・福岡貢に初挑戦。和事の味と立役の味が出せるだけに、柔らかさと強さが求められる「ぴんとこな」のこの役柄をうまくこなしている。父の幸四郎とは少し違った世界にも足を踏み入れている。
 秀太郎が柔らかい一方の「つっころばし」と呼ばれる今田万次郎。これは文句なくはまっている。この2人で本作のいい骨格が整った。
 猿之助が貢を凶行に追い込む仲居・万野。意地悪さがまだ不足。萬次郎がお鹿で、だまされる遊女の悲哀と共に愛嬌も出した。松也の料理人・喜助、梅枝の貢の恋人・お紺、米吉のお岸ら若手もきっちりした芝居を見せた。
 昼の最後は幸四郎の「熊谷陣屋」。制札を見て義経の心を忖度した熊谷直実(幸四郎)は若き敵将・敦盛の代わりにわが子・小次郎の首を討つ。前半から小次郎を身代わりに殺した悲しみが見えてしまう。これはどうかと思うが、首実検で「お騒ぎあるな」と藤の方(高麗蔵)や妻・相模(猿之助)を制するあたりから父性愛にあふれ、この人らしい熊谷になった。戦の悲劇が広がる。ここでの猿之助は子を失った母親の悲しみがよく出て好演。染五郎の源義経、左團次の弥陀六も手堅い。
 夜の部は吉右衛門の「傾城反魂香」から。吃音の絵師・浮世又平(吉右衛門)は弟弟子・修理之助(錦之助)が先に土佐の苗字をもらうという窮地に陥る。吉右衛門は極限状態に追い込まれた男がうまい。そして、絵の業績が認められたときの喜びも、うまい。悲しみと喜びの落差がドラマになった。
 菊之助が女房・おとく。しゃべり芸も何とかこなしたが、まだ女房というには距離がある。錦之助のさわやかな前髪に驚く。先月、「伊賀越道中双六」で憎々しい股五郎を見せたばかりだ。歌六の土佐将監、東蔵の将監北の方と充実した脇。
 「帯屋」は超ベテランの藤十郎が帯屋長右衛門。女房を持つ真面目な商人・長右衛門がふとした過ちから、隣家の少女・お半(壱太郎)を身ごもらせてしまう。鬱屈した心理をじんわり見せた。まだまだ頑張ってほしい人だ。
 壱太郎が可憐なお半とお半に横恋慕する丁稚・長吉の二役を早変わりで演じ分けた。
 この舞台を盛り上げたのは長右衛門義母・おとせ(吉弥)と連れ子・儀兵衛(染五郎)の強欲ぶり。とくに染五郎は破れかぶれの悪態で、こんな役もやるのかと長く観客の記憶に残るのではないか。扇雀が長右衛門女房・お絹で情のあるところを見せた。寿治郎の隠居・繁斎。
 最後は猿之助の「奴道成寺」。鐘供養に来た白拍子花子が実は狂言師左近だったという。三つ面や所作ダテで派手な舞台。立役の踊りらしく、きびきび踊った。
3日所見。
――26日まで歌舞伎座で上演。

2017年3月30日 (木)

焦点・40回を迎えた端唄・根岸会

  端唄の根岸流が3月28日、東京・三越劇場で第40回根岸会を開いた。大入り満員の盛況であった。
 根岸流は流祖・根岸登喜子が衰退している端唄を復興させようと身を投じ、昭和43年に第1回端唄の会を催したことに始まる。48年に同流の家元になったことから、端唄の会とは別に開いたのが第1回根岸会。しかし平成12年に他界したため、一門の根岸襛が二代目家元を継承、現在に至っている。
 会は大学生3人を含む社中約70人が、端唄を歌い、三味線を弾いた。熱演あり、懸命あり。それぞれに楽しんでいるようだ。ゲストも多彩。向島芸妓連中の端唄振り、津軽三味線・小山貢治のじょんがら節、ザ・ニュースペーパーの福本ヒデの社会風刺コント、楽家「風の会」の越中おわら節が舞台を盛り上げた。邦楽の会としては珍しいことではないか。
 目を引いたのは、家元の「ジャガタラ春」。皆が正座して歌う中、立ったまま哀感ある美声で歌った。司会によると、この曲を作詞した先代家元は、端唄を「はやり唄」と解釈し立ったまま歌っていた。今回はそれに倣ったそうだ。開放的、庶民的な感じがした。
そういえば、現家元はプログラムに「楽しい端唄」をスローガンにしていると記している。正座ではなく立って歌うことやコントをゲストに迎えたことは、これに通じることと理解した。
 邦楽は「高尚だが難しい」という本来とはいささか違った方向に進みつつあるのではないかと心配になることがある。それを「楽しい邦楽」に戻そうとしている会であったように思う。=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

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