2017年9月16日 (土)

東宝「ミッドナイト・イン・バリ~史上最悪の結婚前夜」評

<見>岡田恵和脚本、深川栄洋演出。
舞台はインドネシアのバリ。明日結婚式というのに、新婦の美幸子(栗山千明)は人のいい新郎の治(溝端淳平)に執拗に不満をぶちまける。たった2人の参列者、美幸子の母敏子(浅田美代子)も治に辛く当たり、治の父・久男(中村雅俊)は秘めた過去が露わに。
前半シビアな台詞が続き重苦しいが、途中から軽喜劇になる。
栗山が治を責める件を熱演。溝端は人柄の良さが出た。ベテラン2人も健闘。浅田が婿になる男に厳しく当たる件は新境地開拓。中村はコミカルな持ち味が温かみを醸し出した。
15日所見。
――29日までシアタークリエで上演。

2017年9月10日 (日)

松竹新喜劇新秋公演評

<見>昼夜各2本立てで上方の笑いと人情を堪能させる。
昼の部「新・親バカ子バカ」はかつて二代目渋谷天外、藤山寛美のコンビで人気を得ていた「親バカ子バカ」をそれぞれの子、三代目渋谷天外、孫、藤山扇治郎のコンビで復活させたニューバージョン。頼りない息子(扇治郎)が偽造誘拐を仕組んで守銭奴の父(天外)を諫める。扇治郎は祖父の寛美のようにバカを演じ切れないのでインパクトは弱いが、親子の情は感じられる。ゲストの久本雅美がホームレスを世話する民生委員で出ているが、大活躍はしないのはもったいない。ベテラン小島慶四郎がちょい役で顔を出し笑いを取ったのは年の功。
もう一本の「帰ってきた男」はまげ物。やくざ一家の犠牲になって島送りになっていた万吉(曾我廼家八十吉)が赦免船で帰国、4人の裏切りで一家がなくなったと聞かされ、復讐に燃え上がるが、相手はふがいない者ばかりで拍子抜け。
八十吉は万吉を骨太のやくざに演じ、主役の責務を果たした。復讐はいずれも肩透かしで終わるのは予想できるのだが、殴り込みに行くたびにどんな話が待っているのかと、わくわくさせる。これは八十吉と脚本の魅力による。
共演が達者揃い。5人もの幼児を抱え貧苦にあえぐ奈良留の曾我廼家文童、老いて殺してくれと頼む源兵衛の高田次郎ら喜劇の楽しみを満喫させる。
夜の部は「鼓」から。かつてある程度の人気を得ながら零落している古典的な漫才師此花家梅子(高田)は人気絶頂の弟子、梅吉(扇治郎)花子(久本)の計らいで、大劇場に出演するが、あろうことか上がってしまい、舞台をしくじる。
空威張り、卑しさ、有頂天、失意。高田は老いて落ちぶれた芸人の悲哀を陰影深く刻み込む。梅子の相方で女房梅太郎を情愛たっぷりに演じる井上恵美子の好演と相まって笑い、泣かせる。人生を考えさせる。
扇治郎、久本は師匠思いの弟子を神妙に演じ、支援者役の文童もいい。今月一番の舞台。
最後はまげ物「お染風邪久松留守」。借金取りの追われる大工の松吉(天外)と女房おそめ(久本)はそれぞれが流行のお染風邪で死んだことにして香典を集めるが。
天外と久本はテンポのいい演技で笑いを巻き起こす。曾我廼家寛太郎、扇治郎、八十吉、大津嶺子ら好助演。
7日所見。
――24日まで新橋演舞場で上演。

2017年9月 8日 (金)

秀山祭九月大歌舞伎評

<見>初代吉右衛門(俳名秀山)の遺徳を偲ぶ公演で、今年10回目。当代吉右衛門が初代ゆかりの世話物、時代物で至芸を披露した。
昼の部は「彦山権現誓助剣・毛谷村」から。染五郎の毛谷村六助。指導した吉右衛門の息をそのまま踏襲、鄙の剣豪の人の良さや愛嬌があり結構だが、滑らかな声で聴かせてほしい。菊之助の一味斎娘お園。女武道の力強さに欠けるものの、押し掛け女房のいじらしさがある。かわいいお園。又五郎の微塵弾正。短い出番だが、敵役の声をしっかり聴かせた。吉弥の一味斎後室お幸。
舞踊「道行旅路の嫁入」は「仮名手本忠臣蔵」の八段目。高齢の藤十郎が戸無瀬。娘を嫁がせる決意で緊張の道行を作る。最後に「娘、おじゃ」と一言だが、しっかりした台詞を聞かせた。孫の壱太郎が神妙に娘小浪。隼人が奴可内で勢いよく踊り、舞台にコミカルなアクセントを付けた。
「極付幡随長兵衛」は、吉右衛門が当たり役の幡随院長兵衛。旗本奴・白柄組と対立する町奴の頭である。序幕「村山座」で客席から腰を低くして舞台に上がる様から、侠客の貫禄が漂う。二幕「長兵衛内」の子別れはいささか弱いが、三幕「水野邸」では大旗本に一歩も引けを取らない男の意地、気概、正義感で見る者を魅了する。当代一の長兵衛。
染五郎の水野十郎左衛門はかなりの押し出しを見せるが、敵役の悪がもっとほしい。魁春の長兵衛女房お時。歌六の唐犬権兵衛。又五郎が坂田公平と出尻清兵衛のぜいたくな二役。錦之助の近藤登之助。
夜の部「ひらかな盛衰記・逆櫓」は吉右衛門の船頭松右衛門。花道の出から大きな人物であることを示し、木曽義仲四天王の1人樋口次郎であることを明かしての「権四郎、頭が高い」の名台詞は余人をもって代えがたい迫力。
歌六の漁師権四郎。孫槌松への情だけでなく、庶民の意地も見せる。雀右衛門のお筆。東蔵の松右衛門女房およし。芸達者なベテランだが、幼子の母はいささかきついようだ。
左團次の畠山重忠。わずかな出番だが、重みを見せる。葵太夫の浄瑠璃が天下一品。
最後の「再桜遇清水」は当代吉右衛門が松貫四の筆名で幕末の作品「遇曽我中村」を元に脚本を書き、昭和60年に初演した清玄桜姫物。歌舞伎座初演となる今回は吉右衛門監修、戸部和久補綴。女犯の罪に落ちる僧清玄と忠義な奴浪平の二役を染五郎が勤める。
桜姫と恋仲の千葉之助清玄(きよはる)と桜姫に一目ぼれする僧清玄(せいげん)が読み方は異なるものの、同じ文字の名前を持っているのが物語のミソ。桜姫に横恋慕する荏柄平太の悪だくみで話は始まる物語は二役早替わりや怪談仕立てなどを駆使した娯楽作だが、展開は平板。しかし、染五郎演じる清玄の桜姫に対する妄執は見応えがあった。
雀右衛門の桜姫。魁春の腰元山路。錦之助の千葉之助清玄。桂三の荏原平太。
4日所見。
――25日まで歌舞伎座で上演。

2017年8月20日 (日)

焦点・稚魚の会歌舞伎会合同公演

第23回稚魚の会歌舞伎会合同公演が8月16日から5日間、東京・国立小劇場で開かれた。いつもは脇役として主役級を支えている役者たちが憧れの大役に挑む晴舞台。筆者も毎年楽しみにしている公演である。
公演名にある稚魚の会は、国立劇場が昭和45年から脇役養成を目指し、1期2年の研修で始めた歌舞伎俳優研修の修了生の集まり。歌舞伎会は直接役者に入門した人の団体である。17日の公演を拝見した。3演目とも、これが普段はほどんど台詞のない人たちかと思えるほどしっかりした芝居である。
幕開きは岡本綺堂の新歌舞伎「番町皿屋敷」(梅玉、魁春・監修指導)。青山播磨の大役を務めるのは研修15期生の橋吾。短気さの薄いのは惜しいが、立派な旗本。純な心も表現した。腰元お菊は17期生の京珠。播磨を愛しながらも疑ってしまう哀しさがある。続く舞踊「紅翫」(梅彌・振付指導)は20期生の音蔵が様々な人物を軽妙に踊る。口跡のよさも光る。最後は義太夫物の「双蝶々曲輪日記・引窓」(芝翫・監修指導)。南与兵衛を12期生の吉兵衛、濡髪長五郎を菊五郎門下の音之助が演じる。義太夫に乗るのは難しいようだが、義理人情はよく伝わる。
見ていて出演者22人の熱気がうれしくなる。それが歌舞伎を下から支えているのだと痛感もする。修了生が支えていることは、国立劇場の伝統芸能伝承者養成研修概要を見ると明らかだ。今年4月1日現在、全歌舞伎俳優301人中99人が修了生。3人に1人だ。トンボを返ったり、立ち回りで絡む名題下では115人中59人で半数以上。その内20代は26人中21人だから、国立劇場の養成事業がないと立ち回りも出来ない時代が来ることになる。これは歌舞伎俳優だけでなく、「引窓」などで重要な役割を果たす竹本(義太夫・三味線)も同様である。そう思うと来年もこの公演に声援を送りたくなる。=敬称略

2017年8月17日 (木)

八月納涼歌舞伎評

<見>恒例の三部制。大看板は姿を見せず、若手花形で大歌舞伎座を賄う。今回の芝居は、若手花形だと勉強会になりがちな古典物がなく、新歌舞伎2本に新作喜劇、野田版。それだけに出演陣は存分に持ち味を発揮、三部とも概ね充実した舞台になっている。

第一部は長谷川伸の新歌舞伎「刺青奇偶」から。玉三郎と石川耕士の演出。
渡世人半太郎(中車)と元酌婦お仲(七之助)の哀しくも純な夫婦愛を描く。中車は元来芸達者、古典でなければうまい。渡世人のいなせな感じがよく出ている。お仲を病から救うために賭場荒らしに手を染めた経緯を語る件がうまい。七之助は薄幸の女性が仁に叶う。自暴自棄の前半から亭主思いで病弱の女房になる後半への切り替えも鮮やか。初役の2人の好演で見応えのある舞台になった。
染五郎が鮫の政五郎。最後に親分の貫禄を見せる役だが、貫禄を見せるにはあと一歩。錦吾演じる半太郎の父・喜兵衛、梅花の母・おさくが、情味を出している。
舞踊は勘太郎があどけなさの残る「玉兎」。猿之助のお福、勘九郎の杵造でテンポのいい「団子売」。勘三郎、三津五郎亡き後の踊り手。暗い芝居のあと、舞台を明るくして第一部の幕を下ろした。

第二部は岡本綺堂の新歌舞伎「修禅寺物語」。猿翁の監修。映画スターであった初代坂東好太郎の三十七回忌、その長男で二代目坂東吉弥の十三回忌の追善演目である。好太郎三男の彌十郎が夜叉王を勤め、その息子・新悟が妹娘・楓。
近年、彌十郎は脇役でありながら存在感を増しているが、期待通り主役を無事勤めた。相手が将軍といえども納得できない面は渡せないという芸術家としての気概、二人の娘への情愛、瀕死の姉娘の顔を写し取ろうとする芸術家魂など的確に表現している。
猿之助が姉娘・桂。上昇志向の強さを浮き彫りにして好演。勘九郎の源頼家、已之助の春彦。
もう一本は戸部和久脚本、猿之助脚本・演出の新作喜劇「東海道中膝栗毛・歌舞伎座捕物帖」。昨夏、染五郎の弥次郎兵衛、猿之助の喜多八がクジラに乗ったり、ラスベガスで遊んだりの破天荒な「膝栗毛」を上演した。本作はその続編で、ラスベガスから帰った弥次喜多が活躍するのは江戸の歌舞伎座の舞台裏。「義経千本桜・川連法眼館」の初日を前に役者が殺され犯人を推理していく。舞台の仕掛けや舞台作りの過程が見られて楽しめる。宙乗りで出て、宙乗りで引っ込む染五郎と猿之助。今回も喜劇のセンスを発揮している。
共演は人気花形、若手、御曹司が大挙出演。勘九郎、七之助、已之助、児太郎、隼人、千之助、虎之介、新悟、片岡亀蔵。超若手の金太郎、團子から超ベテランの竹三郎。中車、門之助、笑也、笑三郎、猿弥らおもだか勢などなど。大挙出演で薄味にしているが、にぎやかな舞台にはなった。
第三部は「野田版 桜の森の満開の下」の一本立て。坂口安吾の2作品をベースにした野田秀樹作品の歌舞伎化。壬申の乱を背景にして権力、国家、恋愛,芸術を民話風にかつダイナミックに描く。演出も野田。
特有の言葉遊びで分かりにくくなりがちな野田戯曲であるが、歌舞伎俳優の強い台詞がそれをカバーする。勘九郎の耳男。染五郎のオオアマ、七之助の夜長姫。梅枝の早寝姫、猿弥のマナコ、片岡亀蔵の赤名人、彌十郎のエンマ、扇雀のヒダの王。いずれも好演である。
11日所見。
――27日まで歌舞伎座で上演。

2017年8月 9日 (水)

ミュージカル「にんじん」評

<見>フランスの作家ルナール原作。栗山民也演出。山本直純音楽。
赤毛でそばかすのため家族から「にんじん」と呼ばれる少年フランソワ・ルピック(大竹しのぶ)の懸命に生きる姿を描く。理不尽な母ルピック夫人(キムラ緑子)、冷たい父ルピック氏(宇梶剛士)、わがままな兄フェリックス(中山優馬)と姉エルネスティーヌ(秋元才加)。彼らの作り出す虚飾の団らん。

百年以上前の作品だが、家族そろってわが身かわいさからにんじんをいじめ、自殺未遂にまで追い込む姿は現代に通じる「いじめの構図」と言える。
注目は、還暦を迎え、38年ぶりににんじんを演じる大竹。達者な芸で性差、年齢差を乗り越え、14歳の男の子になりきっている。抑圧され内向する屈折した心理の描写は自然である。別の作品だが、「女の一生」の少女時代の布引けいならどう演じるであろうか。
今井清隆が「名づけ親」で温かみを出した。真琴つばさがにんじんを応援するアネット

3日所見。
――27日まで新橋演舞場で上演。

2017年7月26日 (水)

焦点・国立劇場新企画、「大人のための雅楽入門」

 国立劇場(東京・半蔵門)が新しい企画公演を相次いで行った。6月10日に小劇場で開いた新シリーズ「日本音楽の流れⅠ―筝―」は筝曲の楽器の変貌をダイナミックな演奏で紹介する好企画であった。
そして、7月22日には「大人のための雅楽入門」と「大人のための声明入門」を主催、そのうち「雅楽入門」を拝見した。中高年夫婦の観客が多く、好評のようであった。
 同公演では雅楽の歴史や使用する楽器、笙、篳篥(ひちりき)、太鼓、竜笛、筝などの紹介や雅楽による舞、優雅な舞楽も披露した。
筆者が「大人のための」と題しただけのことはあると感心したのは、名曲「越天楽」をお馴染みの平調だけではなく、ほかの2つの調子に移行させた曲も聞かせてくれたことだ。全く異なる曲に聞こえる。平安の貴族たちは季節に合わせてこれらを聞き、楽しんだそうだ。移行はいささか専門的で難しい話だが、古の人々の風雅な心に触れることが出来たような気がした。
「子供でもわかる」講座は一般受けしそうだが、「大人のための」もあってしかるべきだ。
 伝統芸能入門で「〇〇のための」となると、是非ともほしいのが「外国人のための」である。そこで国立劇場に聞くと、六月歌舞伎鑑賞教室の2公演で実施したという。歌舞伎俳優の中村隼人さんとフリーアナウンサーの木佐彩子さんが日本語と英語を交えて解説したそうだ。今年で3回目になるという。外国人観光客の急増、3年後に迫る東京五輪と要請の条件がそろっている。「大人のための」同様、こちらも充実させてほしいものだ。

2017年7月23日 (日)

シス・カンパニー「子供の事情」評

<見>小学4年生、10歳の児童は大人が考えるほど子供ではなく、実は大人とあまり変わらない思考能力を持つとの発想に立ち、クラスを牛耳ろうとする4年生たちの権謀術数を描く。三谷幸喜作・演出の傑作喜劇だ。
 児童はあだ名で呼び合う。転校生ジョー(大泉洋)はあの手この手でクラスの実権をアニキ(天海祐希)から奪う。ホリさん(吉田羊)を騙し、答案用紙を改ざんさせるシーンは迫力がある。ソウリ(青木さやか)は学級委員に執着。ジョーが学級委員に祭り上げたリピート(浅野和之)はジョーの指示に背いて嘘の証言を拒否、真実を告白する。
 要するに、今の政界を皮肉っている。そこはまるで小学生程度の世界だと言わんばかりである。
 ほか小池栄子、林遣都、伊藤蘭らも出演。
19日所見。
――8月6日まで新国立劇場中劇場で上演。

2017年7月22日 (土)

世田谷パブリックシアター「子午線の祀り」評

<見>「平家物語」を元に、平家の将・知盛と源氏の将・義経の戦いぶりと生き様を描いた木下順二の戯曲。今回は野村萬斎が知盛を演じるとともに演出も担当。宇宙的広大無辺の視野から源平の争いを見る。迫力と共に皮肉も十分に効いた舞台となった。
 萬斎は3度目の知盛。近年一段と向上した狂言の台詞術がここでも生かされ、知盛の威厳、苦悩、愛が舞台に広がる。萬斎演劇が一定の高みに到達したと言えよう。
 成河の義経もいい。異母兄頼朝に対する屈折した心理が漂い、勝利のためには手段を選ばぬ猛将ぶりで存在感を示す。
若村麻由美の影身、河原崎國太郎の宗盛。
14日所見。
――23日まで世田谷オアブリックシアターで上演。

2017年7月20日 (木)

七月名作喜劇公演評

<見>おなじみの喜劇2本。
「お江戸みやげ」は結城紬を行商する倹約家のお辻(波乃久里子)が歌舞伎役者・阪東栄紫(喜多村緑郎)に一目ぼれ、栄紫とお紺(小林綾子)の恋を実らせるため稼いだ金を投げ出す。波乃は倹約ぶりであまり笑いを取ろうとせず、抑制を効かせた演技で長く独り身を通した女の切ない恋心をうまく出している。歌舞伎女形の市村萬次郎がお辻の陽気な行商仲間おゆうで存在感を発揮した。喜多村は神妙に二枚目。
 もう一本の「紺屋と高尾」。大坂の紺屋職人・久造(喜多村)が江戸・吉原で見染めた花魁・高尾太夫(浅野ゆう子)と結ばれる目出度い話。喜多村の純情ぶりが見せ場になった。
 萬次郎がここでは久造の主人・吉兵衛で立役。周囲とあまり溶け込めないところが、かえって面白い。曾我廼家文童が頼りない医者・玄庵で上方喜劇の面白さを振りまいた。
5日所見。
――25日まで新橋演舞場で上演。

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