2017年4月13日 (木)

東宝・ホリプロ「紳士のための愛と殺人の手引き」評

<見>米トニー賞受賞作の日本初演。日本版演出は寺﨑秀臣。
20世紀初頭の英国が舞台である。貧しい青年モンティ(ウエンツ瑛士)は亡き母が大富豪の伯爵ダイスクイス(市村正親)の一族であり、自分が爵位継承順位第8位であることを知り、継承順位上位者を次々に抹殺していく。ブラックなミュージカル・コメディである。
 本作の眼目は、市村がモンティに狙われる8役、伯爵を始め聖職者エゼキエル卿、銀行家アスクイス・ジュニア、ジュニアの父アスクイス卿、モンティの従兄弟ヘンリー、慈善活動家ミス・ヒヤシンス、陸軍少佐バーソロミュー卿、女優のレディ・サロメを鮮やかに、というかたっぷり笑いを取りながら演じ分けることである。特にお得意の女形、ヒヤシンスとサロメは爆笑である。
 ウエンツ演じるモンティは物語上の主人公。愛と野望に燃える青年を好演している。
 春風ひとみがモンティに母の秘密を教える老女ミス・シングルを個性的に演じ存在感を示した。ほかに、シルビア・グラブ、宮澤エマらが共演。
12日所見。
――30日まで日生劇場で上演。

2017年4月10日 (月)

赤坂大歌舞伎「夢幻恋双紙」評

<見>勘三郎が始めた企画を遺児の勘九郎・七之助が受け継いだ赤坂大歌舞伎。今回は蓬莱竜太作・演出の新作である。
 江戸の町で太郎(勘九郎)、歌(七之助)、剛太(猿弥)、静(鶴松)末吉(いてう)ら子供たちが遊んでいる。長じて歌と結婚した太郎は冷たい金貸しになり財を成すが、家庭崩壊。また、子供時代に戻り、今度は優しい太郎が歌と結婚したがっている剛太を助け、願いをかなえてやるが。同じ子供が様々な大人になっていく。亀鶴演じる歌の無頼漢のような兄・源乃助や亀蔵演じる歌の病弱な父親・善次郎も変貌する。筋だけを追っていると面食らう。シュールな作りである。人間の心の多面性を示して面白い。というか、怖い。歌舞伎には珍しい手法である。珍しいといえば、ピアノを黒御簾と共に効果的に使っていた。
 勘九郎は太郎の色々な性格を演じるが、冷血な守銭奴を演じた件には感心した。芸域を広げたといえよう。
 猿弥、亀鶴、亀蔵がのびのび演じ、
大きな存在感を見せた。
7日所見。
――25日まで赤坂ACTシアターで上演。

2017年4月 4日 (火)

四月大歌舞伎評

<見>昼の部の幕開き「醍醐の花見」は花見の宴で豊臣秀吉(鴈治郎)が、かつて切腹させた秀次(松也)の亡霊に襲われる舞踊劇。注目したのは北の政所を演じた扇雀である。淀殿(壱太郎)や松の丸殿(笑也)、三條殿(尾上右近)ら側室たちの中にあって正室の重みを見せている。台詞も安定している。夜の部「帯屋」のお絹と共に好演。今月の収穫である。
 右團次の石田三成、門之助の門跡・義演、笑三郎の前田利家室・まつ。
 続く「伊勢音頭恋寝刃」は中心となる「油屋」の前に密書を持った悪人・杉山大蔵(橘三郎)らを奴林平(隼人)が追いかける「野道追駆け」が付いて、楽しめるうえ、お家騒動の筋が分かりやすい。
染五郎が主人公・福岡貢に初挑戦。和事の味と立役の味が出せるだけに、柔らかさと強さが求められる「ぴんとこな」のこの役柄をうまくこなしている。父の幸四郎とは少し違った世界にも足を踏み入れている。
 秀太郎が柔らかい一方の「つっころばし」と呼ばれる今田万次郎。これは文句なくはまっている。この2人で本作のいい骨格が整った。
 猿之助が貢を凶行に追い込む仲居・万野。意地悪さがまだ不足。萬次郎がお鹿で、だまされる遊女の悲哀と共に愛嬌も出した。松也の料理人・喜助、梅枝の貢の恋人・お紺、米吉のお岸ら若手もきっちりした芝居を見せた。
 昼の最後は幸四郎の「熊谷陣屋」。制札を見て義経の心を忖度した熊谷直実(幸四郎)は若き敵将・敦盛の代わりにわが子・小次郎の首を討つ。前半から小次郎を身代わりに殺した悲しみが見えてしまう。これはどうかと思うが、首実検で「お騒ぎあるな」と藤の方(高麗蔵)や妻・相模(猿之助)を制するあたりから父性愛にあふれ、この人らしい熊谷になった。戦の悲劇が広がる。ここでの猿之助は子を失った母親の悲しみがよく出て好演。染五郎の源義経、左團次の弥陀六も手堅い。
 夜の部は吉右衛門の「傾城反魂香」から。吃音の絵師・浮世又平(吉右衛門)は弟弟子・修理之助(錦之助)が先に土佐の苗字をもらうという窮地に陥る。吉右衛門は極限状態に追い込まれた男がうまい。そして、絵の業績が認められたときの喜びも、うまい。悲しみと喜びの落差がドラマになった。
 菊之助が女房・おとく。しゃべり芸も何とかこなしたが、まだ女房というには距離がある。錦之助のさわやかな前髪に驚く。先月、「伊賀越道中双六」で憎々しい股五郎を見せたばかりだ。歌六の土佐将監、東蔵の将監北の方と充実した脇。
 「帯屋」は超ベテランの藤十郎が帯屋長右衛門。女房を持つ真面目な商人・長右衛門がふとした過ちから、隣家の少女・お半(壱太郎)を身ごもらせてしまう。鬱屈した心理をじんわり見せた。まだまだ頑張ってほしい人だ。
 壱太郎が可憐なお半とお半に横恋慕する丁稚・長吉の二役を早変わりで演じ分けた。
 この舞台を盛り上げたのは長右衛門義母・おとせ(吉弥)と連れ子・儀兵衛(染五郎)の強欲ぶり。とくに染五郎は破れかぶれの悪態で、こんな役もやるのかと長く観客の記憶に残るのではないか。扇雀が長右衛門女房・お絹で情のあるところを見せた。寿治郎の隠居・繁斎。
 最後は猿之助の「奴道成寺」。鐘供養に来た白拍子花子が実は狂言師左近だったという。三つ面や所作ダテで派手な舞台。立役の踊りらしく、きびきび踊った。
3日所見。
――26日まで歌舞伎座で上演。

2017年3月30日 (木)

焦点・40回を迎えた端唄・根岸会

  端唄の根岸流が3月28日、東京・三越劇場で第40回根岸会を開いた。大入り満員の盛況であった。
 根岸流は流祖・根岸登喜子が衰退している端唄を復興させようと身を投じ、昭和43年に第1回端唄の会を催したことに始まる。48年に同流の家元になったことから、端唄の会とは別に開いたのが第1回根岸会。しかし平成12年に他界したため、一門の根岸襛が二代目家元を継承、現在に至っている。
 会は大学生3人を含む社中約70人が、端唄を歌い、三味線を弾いた。熱演あり、懸命あり。それぞれに楽しんでいるようだ。ゲストも多彩。向島芸妓連中の端唄振り、津軽三味線・小山貢治のじょんがら節、ザ・ニュースペーパーの福本ヒデの社会風刺コント、楽家「風の会」の越中おわら節が舞台を盛り上げた。邦楽の会としては珍しいことではないか。
 目を引いたのは、家元の「ジャガタラ春」。皆が正座して歌う中、立ったまま哀感ある美声で歌った。司会によると、この曲を作詞した先代家元は、端唄を「はやり唄」と解釈し立ったまま歌っていた。今回はそれに倣ったそうだ。開放的、庶民的な感じがした。
そういえば、現家元はプログラムに「楽しい端唄」をスローガンにしていると記している。正座ではなく立って歌うことやコントをゲストに迎えたことは、これに通じることと理解した。
 邦楽は「高尚だが難しい」という本来とはいささか違った方向に進みつつあるのではないかと心配になることがある。それを「楽しい邦楽」に戻そうとしている会であったように思う。=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

2017年3月15日 (水)

音楽劇「マリウス」評

<見>1929年からフランスで上演が始まったマルセル・パニョルの三部作うち、「マリウス」と「ファニー」を基に山田洋次が脚本・演出した。
 フランス・マルセイユの居酒屋の息子マリウス(今井翼)は魚介類を焼いている店の娘ファニー(瀧本美織)と愛し合っているが、船乗りに憧れ、遠洋航海に出てしまう。マリウスの子を身ごもったファニーは金持ちで優しい中年パニス(林家正蔵)と結婚するが、やがてマリウスが帰ってくる。
 今井は女性を愛しながらも自由に憧れる若者を、滝本は愛する男に自由を与え、その愛を心に秘めてしっかり生きる娘を、それぞれ抑制のきいた演技で演じている。それだけに、静かな感動が生まれている。演出の力もあろう。
 今井は歌のほかフラメンコも披露する。哀切感がうまく物語に合っている。
 柄本明がマリウスの父親セザールでベテランの味を見せている。頑固でわがままだが、息子思いで言うべきことは言う。この舞台の芯棒になっている。ほかに広岡由里子、有薗芳記、田中利花、綾田俊樹らの出演、
9日所見。
――27日まで日生劇場で上演。

2017年3月14日 (火)

国立劇場三月歌舞伎評

<見>伊賀上野の敵討ちを題材にした「伊賀越道中双六」の通し。同作では六段目「沼津」はよく知られているが、今回は八段目「岡崎」を中心にしている。吉右衛門を座頭にした3年前の公演が好評のため、国立劇場開場50周年記念として同じ座組で再演されることになった。短期間での再演のため、芝居が一層引き締まり、眼目の「岡崎」はスリリングになった。
 序幕「相州鎌倉 和田行家屋敷」で行家(橘三郎)が沢井股五郎(錦之助)に殺される。敵討ちの発端。錦之助が憎々しい股五郎。こんなに敵役が似合うようになるとは、信二郎時代には想像もできなかった。橘三郎は行家に当主の重みがあった。
三幕「三州藤川新関」「同裏手竹藪」で行家遺児・志津馬(菊之助)やその姉・お谷(雀右衛門)の夫・唐木政右衛門(吉右衛門)が敵・股五郎を追う。ここで志津馬は関所の下役人の娘・お袖(米吉)に惚れられたのをいいことに関所破りをするが。菊之助と米吉は瑞々しいカップル。米吉は男に一目ぼれした娘のいじらしさがよく出ている。又五郎が、敵方の色好みの奴・助平で達者なしゃべり芸を披露した。重苦しい敵討ち話の中でたっぷり笑えるちゃり場を作った。
そして、眼目の四幕「三州岡崎 山田幸兵衛住家」。政右衛門が敵討ち成就のため、偶然再会した昔の師匠・山田幸兵衛(歌六)を欺き、雪の中、順礼姿で行倒れになりそうな女房・お谷を追い返し、挙句の果てに、お谷の連れていた赤子、すなわちわが子を殺してしまう。いわば残酷劇であるが、吉右衛門は充実した肚で見せる。敵討ちの悲惨さを浮き彫りにする。他の追随を許さない演技である。
歌六が政右衛門と志津馬の本性を見抜く幸兵衛を古武士の風格で演じた。雀右衛門も敵討ちに巻き込まれた女性の哀しみを熱演した。東蔵が情のある幸兵衛女房・おつや。葵太夫の義太夫もドラマを盛り上げた。
大詰「伊賀上野 敵討」でめでたしめでたしとなるのだが、悲劇の余韻がしばらく残る。開場50周年記念の掉尾を飾るのにふさわしい舞台である。
8日所見。
――27日まで国立劇場大劇場で上演。

2017年3月13日 (月)

明治座「細雪」評

<見>谷崎潤一郎の小説を菊田一夫脚本、堀越真潤色、水谷幹夫演出で舞台化、回を重ねる名作である。
軍靴の足音次第に高まる昭和12年。大阪・船場の豪商・蒔岡商店の美しい四姉妹が実家の没落とともにたどる哀しい運命をつづる。バッハのブランデンブルク協奏曲第五番の雅な曲をバックに展開する絢爛豪華な滅びの美学。今回は四姉妹いずれも初役だが健闘、涙を誘う舞台になった。
 ただ、あえて気になる点をいくつか挙げる。2年前の明治座公演で次女幸子を演じた賀来千香子が長女鶴子。前回の幸子は優しさや姉妹への思いやりが適格に表現され、昭和60年以降最高の幸子と評した。しかし、今回の鶴子にもその残滓があり、本来あるべき気位高く、しっかりしているようで世間知らずという性格がいささか弱い。
 前回三女雪子だった水野真紀が次女幸子。雪子の持つ優柔不断さを払拭しようとしたのか、かなりしっかりした幸子になっている。それが気の強い女性に見えたのは残念。
 初参加の紫吹淳が三女雪子。曖昧な返事をするときの「ふーん」があと一歩というところ。「ふーん」は状況により変化するのだが、根底に柔らかさが欲しい。
 四女妙子はやはり初参加の壮一帆。現代っ子ぶりをしっかり出しているが、令嬢らしさをどの程度残すかは難しいところ。
 気になったのは以上だが、今回は男優2人の演技力が目を引いた。
 磯部勉が鶴子の夫辰雄。何度も演じているが、しみじみと養子となった人生を語る件はなかなか聴かせる。太川陽介がこれも何度も手掛けている奥畑啓三郎。妙子と事件を起こす金持ちのぼんぼんで、横柄なうえ根性なしの甘えん坊。救い難い若者を上方の和事の味で見せる。この2人が芝居にいい味を付ける。女中お春の仲手川由美がうまく笑いを取った。ほかに橋爪淳、川﨑麻世が出演している。
7日所見。
――4月2
日まで明治座で上演。

2017年3月11日 (土)

三月大歌舞伎評

<見>昼の部は真山青果の「明君行状記」から。明君の誉れ高い池田光政が藩の掟を破った若い側近・青地善左衛門を情けある裁きで救う。命を賭けて主君の本心を探ろうとする善左衛門と彼を救いたい光政の緊迫した台詞の応酬で見せ場を作った。光政二度目の梅玉。光政の理屈に承服しがたいところもあるが、梅玉は光政の度量の大きさを見せ、いい舞台にした。当たり役である。
亀三郎の善左衛門も若者の情熱がほとばしり結構。このところ腕を上げてきているが、彼の善左衛門は今月一番の収穫である。五月に父の名・彦三郎を継ぐそうだが、襲名へのいい土産になりそうだ。
「義経千本桜」は壇ノ浦で死んだはずの平知盛が源義経を狙う「渡海屋」「大物浦」。仁左衛門の渡海屋銀平実は平知盛。「渡海屋」での爽やかな船頭がいい。花道の出で、早くもそれを決定づけた。「大物浦」では出家せよという一種の助命を断り、碇と共に入水する。この潔さが心を打つ。
 時蔵が銀平女房お柳実は典侍の局。お柳も典侍の局もきっちりしているが、お柳の喋り芸はいささか物足りない。梅玉の義経は、いまだ衰えぬ貴公子。
 「どんつく」は三津五郎の三回忌追善。菊五郎、彦三郎、魁春、時蔵、團蔵や松緑、海老蔵らが舞台に揃い、遺児・巳之助のどんつくを見守った。にぎやかで滑稽な舞台だが、三回忌法要のようにも思えた。巳之助が踊りの名手・三津五郎の域に達することを願う。
 夜の部の最初は「双蝶々曲輪日記」のうち、侍を殺めた濡髪長五郎が母・お幸の元に暇乞いに来て、郷代官となった母の継子・南与兵衛と出会う「引窓」。幸四郎の与兵衛は窓を引くラストで義太夫に乗り、口跡のよさを生かす。彌十郎の濡髪は関取らしく好演。人を殺めた者の暗さも出ている。魁春のお早。右之助のお幸。
「けいせい浜真砂」は「楼門五三桐」の石川五右衛門を女性に置き換えたパロディ。藤十郎の石川屋真砂路は艶のある声で「絶景かな」を語り、仁左衛門の真柴久吉と対峙した。短い一幕だが、上方歌舞伎の両雄が美しい絵を作った。
 最後は歌舞伎十八番の内「助六」。海老蔵が友切丸を詮議するため吉原で喧嘩ばかりしている助六、実は曽我五郎。前の芝居で華やかになった舞台がさらに華やかになる。回を重ねる海老蔵は落ち着きを見せ、花道の出から客席をつかむ。意休とのやりとりも快調である。若さみなぎり、闊達で磊落な助六。欲を言えば、粋があと少し欲しい。
雀右衛門の揚巻。国立劇場「伊賀越道中双六」で瀕死のお谷を演じてからの掛け持ちだが、悪態を張りのある声で聴かせた。左團次の意休はすっかりおなじみ。恋敵の助六への父性愛すら感じさせる。
 菊五郎の白酒売り新兵衛、秀太郎の曽我満江、歌六のくわんぺら門兵衛と役者が揃う。右團次が口上を勤めた。右近からの襲名で市川宗家ゆかりの役者として神妙に語っていた。
6日所見。
――27日まで歌舞伎座で上演。

2017年2月28日 (火)

焦点・前進座「牛若松」に見る歌舞伎普及と後継者育成

 前進座の子供向け歌舞伎公演を2月27日、東京・浅草公会堂で見た。九州の子ども劇場おやこ劇場を巡演し、東京は1日だけの一般公演である。
 二部構成で、前半は「歌舞伎の楽しさ」。座頭格の藤川矢之輔が「口上」を語ったあと舞台機構を説明。続いて大太鼓による雨音、風音、雪音、そしてツケ、柝(き)など歌舞伎の音を聞かせ、立ち回りや女方の基本も見せる。分かりやすく紹介するだけでなく、うまく笑いを取っている。最後に「操り三番叟」を忠村臣弥が軽妙に踊る。
後半は創作歌舞伎「牛若丸」。小池章太郎作、香川良成演出で、「子どもたちのための本格的な歌舞伎を」という要望に応えて1991年に初演したという。幼い牛若丸を連れて逃げる常盤御前(早瀬栄之丞)が平宗清(臣弥)に助けられる「伏見の里 雪の場」、成長した牛若丸(玉浦有之祐)と弁慶(渡会元之)が出会う「五条橋 月の場」、鬼一法眼(矢之輔)から兵法書をさずかる「鞍馬山 花の場」の3場から成り、雪月花の背景の中に源義経の幼少期をまとめている。前半で紹介された歌舞伎の要素がふんだんに含まれ、子供にも楽しめる舞台だ。
 同座はこれまで地方の子供たちに歌舞伎を鑑賞させる公演をしばしば行ってきた。歌舞伎の普及に貢献していると思うが、もう一点注目したのは若手の成長だ。牛若丸に起用された有之祐は入座8年目。力強く六方を極め、主役の責務を果たしている。踊りで頑張った臣弥は9年目である。
 この公演は創立85周年記念と銘打っている。後進の成長は何にも勝るご祝儀であろう。=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

2017年2月24日 (金)

文学座「食いしん坊万歳!」評

<見>副題は「正岡子規青春狂詩曲」。明治俳壇の雄、正岡子規の評伝劇である。そして本題から推察されるように、夭折の異才を大食漢のエネルギッシュな人物としてコミカルに描いている。軽いタッチながら、子規の文学への情熱、家族や友人の子規への愛情で感動させられる舞台になっている。瀬戸口郁作、西川信廣演出。
 佐川和正が子規を演じている。信念を貫くためには周囲のことが目に入らない猪突猛進型の人物に作り、愛嬌もある。病に苦しむ後半は熱演。主役の責務を果たしている。
 新橋耐子が子規の母・八重。早くに夫を亡くしているが、士族の妻としての矜持を失わない芯の強さがあり、子規を大きな愛で包んでいる。本作を支える重石になっている。
 吉野実紗が献身的に子規を支える妹・律を好演。
 日清日露両戦争の間で、利己的な愛国心を嘆く子規の台詞は、現在の国際情勢に対して警鐘を鳴らしているようでもある。
23日所見。
――27日まで紀伊国屋サザンシアターで上演。

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