2018年2月17日 (土)

焦点・六代目竹本織太夫襲名に想う

八代目竹本綱太夫五十回忌追善と六代目竹本織太夫襲名公演が、東京・国立劇場小劇場で開かれている。文楽で五十回忌追善公演は珍しい。
八代目綱太夫は人間国宝にして日本芸術院会員。昭和の文楽を代表する太夫の1人である。新・織太夫は祖父が二代目鶴澤道八、大伯父が四代目鶴澤清六、伯父に鶴澤清治という文楽三味線方の家に生まれながら、8歳で八代目綱太夫の子、豊竹咲大夫に入門した異色の経歴の持ち主。四十歳を超えて間もない気鋭の人気太夫だ。
襲名披露狂言は第二部で、「口上」の次に上演された「摂州合邦辻・合邦住家の段」。14日に拝見したが、師匠・咲太夫の切り場の後を全身全霊打ち込んで語り、合邦・玉手御前父娘の悲劇を盛り上げた。
文楽の太夫方の現状を考えると、実力者と認められた切り場語りは咲太夫ただひとり。現役の人間国宝もいない。いわば冬の時代。この「合邦」を見ても、玉手御前の人形を遣う桐竹勘十郎や相三味線の鶴澤燕三が目立つのである。織大夫には切り場語りを目指しがんばってほしい。
ところで、織太夫の魅力は迫力ある美声にあるのだが、最近は引退した竹本住太夫のような、つぶした渋い喉にお目にかからない。そういう声は歌舞伎で義太夫を語る竹本でも竹本葵太夫ぐらいしかいない。女流義太夫では竹本駒之助だけか。腹に響く低音より美しいやや高い声が増えている。
この傾向は、地唄や浪曲、さらには歌謡曲の世界にまで広がっているように思える。
なぜだろう。渋い声にするには年季がいるからか。資質の問題か。美声に傾くのは女性客に好まれるからか。理由は分からないが、変わりつつあるのは間違いないようである。いささか寂しい気がする。=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

2018年2月 6日 (火)

二月大歌舞伎評

一月に引き続き高麗屋三代襲名披露公演。
昼の部は「春駒祝高麗」から。曽我兄弟が春駒売りとなって仇・工藤と対面する。
梅玉の工藤祐経、優しさ勝る敵役だが重みはあり、襲名にふさわしい。芝翫の荒々しい曽我五郎、錦之助の柔らかな曽我十郎。少々とうの立った兄弟だが、若者にない押しがある。又五郎の小林朝比奈は三の線が少なく、五郎の如き勢いを見せるのはいかがなものか。
続く「一條大蔵譚」は幸四郎の大蔵卿。よく研究している。しかし、声が弱いため作り阿呆と正気を鮮やかに演じ分けられていない。今後の課題だろう。
時蔵の常盤御前、安定感がある。松緑の吉岡鬼次郎、孝太郎のお京は忠義の若夫婦。歌六の八剣勘解由、秀太郎の鳴瀬で、このふたつの役が大きくなった。
「暫」は海老蔵の鎌倉権五郎。台詞はあまりうまいとは言えないが、神がかり的なこのような役は余人をもって代えがたい何かがある。鴈治郎の鹿島入道震斎は達者におかしみを出した。孝太郎の那須九朗妹照葉、左團次の清原武衡。
「井伊大老」は吉右衛門の井伊大老。すでに定評のある当たり役を、余裕たっぷりに演じる。雀右衛門の大老側室・お静の方は大老への情が深く結構だが、欲を言えば日陰の身の哀愁が欲しい。高麗蔵がメリハリの効いた大老正室・昌子の方、歌六が味のある仙英禅師で好演。梅玉の冷徹な長野主膳。
夜の部は「熊谷陣屋」は幸四郎の熊谷直実。時代物の大役に敢然と挑戦し、その熱意は伝わってくるが、若さを露呈したところは惜しい。陣屋まで押しかけてきた妻の相模に対し、「やい、女」と叱りつけるのはまだ違和感がある。古の夫婦の世界に入れていないからではないか。幕外の引っ込みが、いささか落ち着かない。たっぷり見せて欲しいところだ。
菊五郎の源義経が広い愛で舞台を包んだ。魁春の熊谷妻相模に子を失った母の哀しみがあふれる。、雀右衛門の藤の方、芝翫の梶原景高、鴈治郎の堤軍次、左團次の弥陀六。
「寿三代歌舞伎芝居賑」。江戸の芝居小屋の前で藤十郎、菊五郎、仁左衛門、玉三郎らが白鸚、幸四郎、染五郎を出迎える「芝居前」と襲名の三人による「口上」をドッキング。両花道を使ったツラネもあり面白い趣向。幸四郎は歌舞伎の職人になると熱っぽくあいさつした。期待する。
最後は「仮名手本忠臣蔵・七段目」。白鸚の大星由良助で二か月におよぶ襲名興行を締めくくる。敵討ちに凝り固まらず、優しく人間味豊かな由良助である。現代の由良助像であろう。、孫の染五郎が力弥を神妙に勤める。30年後に幸四郎になるのか、そのまた30年後には白鸚になるのかと想像するだけでも楽しくなる。
平右衛門・お軽の兄妹は奇数日が仁左衛門・玉三郎、偶数日が海老蔵・菊之助のダブルキャスト。偶数日を見た。海老蔵はおおらかに足軽を演じる。軽輩もの悲哀に乏しいが妹思いのいい兄である。菊之助は瑞々しいお軽。いいコンビである。
錦吾が斧九太夫を好演。
2日所見。

2018年1月29日 (月)

焦点・盛会の手話狂言初春の会

焦点第37回手話狂言初春の会が1月27、28日の両日、東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂で開かれた。28日に拝見した。
手話狂言とはろう者の狂言師が手話で演じる狂言。アメリカのろう者演劇に魅せられた女優の黒柳徹子が、自ら理事長を勤めるトット基金の日本ろう者劇団で取り組んでいる。
毎年恒例の初春の会も今回が37回目なので歴史は古い。
この日、冒頭で黒柳理事長が結婚と離婚を手話で説明して巧みに笑いを取りながらあいさつ。続いて3演目が上演された。
最初の「萩大名」は権力者のシテ・大名(五十嵐由美子)をからかう。アド・太郎冠者(小泉文子)。「膏薬煉」はシテ・上方の膏薬煉(數見陽子)とアド・鎌倉の膏薬煉(鈴まみ)が自慢し合う。最後の「釣針」は歌舞伎「釣女」の元になった演目で、妻を釣り上げようとしたシテ・太郎冠者(江副悟史)が痛い目に合う。アド・主人(砂田アトム)、乙・御夢想の妻(廣川麻子)、立頭・妻(田家佳子)、立衆・腰元(今井彰人、安岡杏奈、中江央)。
手話を理解できない筆者は監事室で手話に合わせて発する三宅狂言会の皆さんの声に頼るしかないのだが、狂言師のキビキビした動きは素晴らしく、客席は盛り上がっている。とくに「釣針」は大受けだった。
出演者の努力の大きさと共に伝統芸能の底力を感じざるをえない公演である。
ところで、この劇団には20人ほどが参加、海外公演も行っているのだが、夢は2年後の東京オリンピック・パラリンピックに合わせて手話狂言を上演することらしい。
その際、2015年6月のローマ・パリ巡回公演で使い、好評だった国際手話も取り入れたいそうだ。国際手話は、まだ言葉こそ少ないが世界共通語である。是非、実現してもらいたいものだ。=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

2018年1月15日 (月)

国立劇場初春歌舞伎評

近松徳三、奈河篤助作「姫競双葉絵草紙」を菊五郎監修のもと、国立劇場文芸研究会が補綴した「世界花小栗判官」の通し上演。
乗馬の達人、小栗判官と照手姫が織りなす放浪の恋に天下をねらう盗賊、風間八郎を絡めた娯楽活劇である。
座頭の菊五郎が風間八郎で大盗賊の貫禄を示す。
菊之助が主人公の小栗判官。颯爽とした青年武者である。
尾上右近が可憐な照手姫。
松緑は忠義の家臣浪七。
時蔵が風間八郎と対峙する足利家執権の細川政元、そして万屋後家お槙の二役。品格ある執権と情のある母を演じ分ける。
梅枝が判官に一目ぼれしたお槙の娘お駒。團蔵の横山大膳。
いずれも好演している。曲馬乗りや風間と政元の対決、浪七の壮烈な立ち回り、お駒の祟りで足なえとなった判官と照手姫の道行など見どころも多い。それにしては盛り上がりに欠ける。スリリングな展開が不足しているためではないか。
見応えがあったのは三幕目「万屋奥崎喜」。お駒が判官と祝言出来ぬと知って恋の妄執に狂う件である。旧主の照手姫とわが娘お駒の間で苦悩するお槙と恋に一途なお駒が凄絶な葛藤を見せた。(9日所見)

2018年1月12日 (金)

新橋演舞場・初春歌舞伎評

海老蔵と病気復帰の獅童がそれぞれ宙乗りや早替わりを見せるなど、娯楽に徹したスペクタクルな舞台を作った。従来の昼の部、夜の部の名称をAプロ、Bプロと改めた。そこからも革新への意欲がうかがえる。
Aプロは鶴屋南北の「天竺徳兵衛韓噺」から。獅童がガマの妖術を使い天下を狙う大悪人、天竺徳兵衛。座頭に化けて木琴を弾いて笑いを取ったかと思えば、早替わりで偽勅使となって、「石川五右衛門」よろしく葛籠抜けの宙乗り。客席をあっと驚かせる。病気復帰後の東京大劇場初御目見え。元気なところを強調しようとしているのだろうか、大張り切り。以前より声も大きい。それがワイルドな持ち味をさらに際立たせている。めでたい復帰である。
右團次が明国の遺臣で徳兵衛の父、吉岡宗観と将軍上梓、細川修理之助政元の二役。時代の台詞をしっかり語り、この座組では最も歌舞伎らしさを感じさせる。海老蔵が最後に足利義政で登場、きれいに治める。
その海老蔵は続く初春「口上」で「にらみ」を披露した。大舞台で一人片肌脱ぎになりにらむ。客席は圧倒される。お家芸とはいえ、こういうことが出来るのは、この人ぐらいであろう。
「鎌倉八幡宮静の法楽舞」は新歌舞伎十八番の復活だが、松岡亮が新たな着想で台本を書いたという。
荒れ寺の妖怪を忍性上人が鎮めにくる話で、海老蔵が「黒塚」を想起させる老女や静御前、源義経、白蔵主、油坊主、三途川の船頭、化生の七役を早替わりで見せ、楽しませる。右團次も忍性上人を好演。ただ、珍しい河東節、常磐津、清元、竹本、長唄の豪華な掛け合いの方が心に残った。
Bプロは宮沢章夫脚本、宮本亜門演出の新作歌舞伎「日本むかし話」の通し。
お婆さんが子供に昔話を聞かせる形で幕が開き、「かぐや姫」「浦島太郎」「桃太郎」「一寸法師」「花咲爺さん」を現代の視点で皮肉を込めながら描く。鬼が人間にいじめられているなど、どこかで読んだような話もあるが、望みがかなう「鬼石」をうまく使い、楽しめる民話劇にまとまっている。
ここで感心したのは主役海老蔵である。赤鬼、犬のシロで笑いの渦を作った。照れがなく、何かふっ切れた境地に到達した感じがする。無論、かぐや姫の恋人、重信ノ尊で二枚目の顔も見せる。
獅童が得松爺で悪役ぶりを発揮、児太郎が重信ノ尊との交に苦しむかぐや姫を好演した。海老蔵の娘堀越麗禾が幼少のかぐや姫で登場、喝采を浴びた。
この演目でも右團次が浦島太郎、青鬼、正造爺などで活躍。今月の殊勲賞。
(5日所見)

2018年1月10日 (水)

歌舞伎座・初春大歌舞伎評

幸四郎の二代目松本白鸚、染五郎の十代目松本幸四郎、金太郎の八代目市川染五郎の三代同時襲名二か月連続公演のひと月目。客席にも目出度さがあふれる。
順を追って見る。
昼の部は「箱根霊験誓仇討」で開く。勘九郎が兄の仇を探して放浪し足なえになった飯沼勝五郎。七之助の女房初花。愛之助が勝五郎の仇・滝口上野と奴筆助の二役。秀太郎の母早蕨。
勘九郎と七之助は苦難にめげず仇討ちを目指す夫婦の絆を丁寧に描く。愛之助は滝口を大敵らしく見せることはできなかったが、筆助は忠僕らしく上出来。
続く「七福神」は又五郎の恵比寿、扇雀の弁財天、彌m十郎の寿老人、門之助の福禄寿、高麗蔵の布袋、芝翫の毘沙門、鴈治郎の大黒天。明るい踊りで襲名を祝った。
続いて襲名2演目。「菅原伝授手習鑑」の「車引」は新幸四郎の松王丸、勘九郎の梅王丸、七之助の桜丸。彌十郎の時平。廣太郎の杉王丸。
幸四郎の松王は悪の要素は足りないが、力強さがある、勘九郎の一本気な梅王、七之助の柔らかい桜丸。三人が若さとパワーの瑞々しい舞台を作った。
そして今月最大の見ものである同「寺子屋」。新白鸚の松王丸、魁春の女房千代。梅玉の武部源蔵、雀右衛門の女房戸浪、藤十郎の園生の前、左團次の春藤玄蕃、猿之助の涎れくり与太郎。東蔵がその父の百姓吾作。
白鸚は首実検でわが子の首と確認したときから父親の嘆きを塗り込める。その嘆きを見ると、松王は大名のような大人物ではなく舎人である。どこにでもいる父親である。それでいて大きな父性愛が作品のスケールを大きくする。
この白鸚、重鎮の藤十郎、ベテランの梅玉と魁春、急成長の雀右衛門という豪華な顔ぶれに猿之助と東蔵によるご馳走が付いて大型襲名にふさわしい舞台になった。
夜の部は「双蝶々曲輪日記」の「角力場」から。芝翫の関取、濡髪長五郎。愛之助が駆けだしの相撲取り、放駒長吉と「つっころばし」の若旦那、山崎屋与五郎の二役。七之助が与五郎と深い中の傾城吾妻。
芝翫の濡髪は仁にかなう。関取の鷹揚さがほしいところ。愛之助は、ここの二役は巧みに演じ分けている。
襲名披露「口上」のあと注目の「勧進帳」。幸四郎は叔父吉右衛門の富樫左衛門、息子染五郎の源義経を相手に武蔵坊弁慶を勤める。大役と襲名の重圧が却って力強さを生じている。ただ、声の高いところでは甲高い声になり、低く落とすところでは声が割れて聞きづらい。経験不足で今日に至ったのは気の毒であるが、幸四郎となった以上、必死で頑張ってもらいたい。
吉右衛門の富樫は高いところで声をそろえ、きっちりメリハリの効いた動き。にじむ義経弁慶主従への同情、武士の情け。立派過ぎて、富樫が主役に見える。
染五郎の義経は貴公子の品があり、結構。技巧はこれから。
鴈治郎の亀井六郎、芝翫の片岡八郎、愛之助の駿河次郎、歌六の常陸坊海尊。それだけそろう四天王も珍しい。
最後は舞踊二題。扇雀、孝太郎の長唄「相生獅子」と雀右衛門、鴈治郎、又五郎の常磐津「三人形」。「勧進帳」の緊張を解きほぐす華麗な踊り。ただ、二本は長い。(4日所見)

2018年1月 7日 (日)

新春浅草歌舞伎評

若手の修練道場とも言われる公演。リーダー格、松也大役挑戦の2演目がしっかりしている。
一つは「元禄忠臣蔵」の「御浜御殿」。松也の徳川綱豊卿、赤穂浪士の討ち入りを巡り綱豊と腹の探り合いをするのが、巳之助の浪士・富森助右衛門。その妹が、米吉のお喜世。上置、錦之助の新井勘解由に新悟の江島。
松也は口跡のよさを生かし、大名らしく振舞う。助右衛門を追い込む過程に力がある。幕開きの茶屋で気楽に振舞う件は声の浮くのが気になる。将軍候補と目される大大名の重厚さを身に着けるには時間が必要。巳之助は田舎侍の素朴さが出る。身分違いの綱豊に反論する段階になると武士の意地がみなぎり、舞台を盛り上げた。米吉は清楚な娘らしさがあり、また台詞にメリハリもきいて、本役クラスの出来。
もう一つは「双蝶々曲輪日記」の「引窓」。松也が人を殺めて逃げる関取、濡髪長五郎で、歌昇が長五郎を捕らえる立場の南与兵衛。米吉が与兵衛女房お早。歌女之丞が、長五郎の実母であり、与兵衛の継母であるお幸。
松也は相撲言葉をこなす一方、関取の大きさを感じさせる。歌昇は町人と武士を演じ分けた。歌女之丞が義太夫物の義理人情の世界を作っていった。小粒だが歯切れのいい舞台になった。
3日所見。

2017年12月19日 (火)

焦点・竹本駒之助の文化功労者認定を祝う

女流義太夫・浄瑠璃語りの人間国宝・竹本駒之助が文化功労者に選ばれた。斯界初の快挙である。暮れの12月16日に東京・紀尾井小ホールで開かれた義太夫協会主催の演奏会は、協会から花束が贈られるなど祝賀公演の趣であった。
この日、駒之助が語ったのは「仮名手本忠臣蔵」の九段目「山科閑居の段」の前と奥。いずれも一世一代と言っても過言ではない渾身の名演であった。
前では鶴澤津賀寿の三味線に乗せ、生さぬ仲の娘・小浪を嫁入りさせるための決死の覚悟と愛情をドラマチックに聴かせ、聴衆の心を揺さぶった。
奥では一転、沈着冷静な由良之助。小浪のために命を捨てる父・本蔵を体当たりの熱演で語る越孝、手堅いお石の綾之助、戸無瀬の土佐子、初々しい力弥の越京、小浪の越里たち後輩の中にあって、その渋い声は落ち着きと貫禄で舞台を牽引する。寛也の三味線と共に、一座は歌舞伎や文楽に劣らぬ劇世界を造形した。
昭和24年の入門以来の精進で至芸を構築した駒之助に、終演後、楽屋で聞いた。
永年の功労を認められたことについて、
「今まで欲も得も何も考えないで、この道一筋にやってきました。続けてきたことについていただいたのではないかと思います」と述べた後、「初めに聞いたときは、これは何かいなと驚きました。これまで名人の先輩がたくさんいらっしゃるのにいただけなかった。なぜ私がと思いましたが、あの世に行っていらっしゃるお師匠さんたちが応援してくれているのではと思います」と続けた。
由良之助を重厚に語ったばかり。男の世界と思われる義太夫節について、
「女風にやるとか男風にやるのではなくて、元々男のものとして出来ていますから、私は女くささを出さないようにしています。女らしさを売り物にしないようにと思っています。後に続く方にも、ごく自然にやってもらいたい」
現在、女流義太夫での舞台に立つ女性は東京で30人ほど、後進への願いが出たところで、これからの展望や指導について聞くと、
「これを続けていくことは大変なこと。でも、がんばってもらいたい」と話す。
そして最後にうれしいことを言ってくれた。
「出来る限り伝えていきたいと思っていますので、(若い人に)結構やかましくいっています。嫌われてもいいから、言うべきことは言わなければいけません」
この心意気が未来を照らす。。
=敬称略(伝統文化新聞にも掲載します)

2017年12月12日 (火)

国立劇場十二月歌舞伎評

<見>「今様三番三」は白旗で布晒しを見せる華やかな舞踊。雀右衛門の曽我二の宮実は如月姫。優美に「三番叟」を舞った後、平家の大将・忠度の娘であることを明かし、源氏方と凛々しく戦う。品と力がある。襲名してから役者が大きくなっているが、舞踊でもそれを証明している。
歌昇の佐々木行氏、種之助の結城貞光。
芝居は「隅田春妓女容性」、通称「梅の由兵衛」の通し。小梅は亭主・由兵衛に必要な百両の工面を弟の長吉に頼むが、長吉の顔を知らない由兵衛は長吉を殺して自分のために工面してくれた百両を奪う悲劇である。「夏祭浪花鑑」や「双蝶々曲輪日記」「ひらかな盛衰記」が織り込まれれているのも、この作品の持つ面白さのひとつ。ただ、趣向が多くなると味が薄くなる。
吉右衛門の侠客、梅の由兵衛。序幕でしっかり台詞が入っていないのは気になるが。凄惨な殺し場では年齢を感じさせないキビキビした動きを見せる。殺しに至る心の葛藤が秀逸。
菊之助が小梅と長吉の二役。鮮やかに早替わりする。吉右衛門演じる由兵衛の女房として小梅はいささか貫禄不足。その一方、長吉は由兵衛と張り合える存在感を示している。
周囲はお馴染みの顔ぶれだが、役者の器が大きくなっていることを記しておく。
雀右衛門の額の小三に情がある。錦之助が小三と相思相愛の金谷金五郎。立派な二枚目。歌六の源兵衛。肚に一物ある侠客だ。又五郎のどび六は可笑しみある小悪党。
ほかにベテランの味、東蔵の信楽勘十郎。若手、歌昇の延紙長五郎、米吉のお君が若さあふれる好演。
6日所見。
――26日まで国立劇場大劇所で上演。

2017年12月 8日 (金)

十二月大歌舞伎評

<見>三部制。
第一部.「実盛物語」はやや不満。
愛之助の実盛。不満。口跡のいい役者なのに生締物の重みに負けたのか、台詞に力が入り過ぎ。そのため持ち前の爽やかさが減じられている。仁に叶った役なので、肩の力を抜いて演じればよくなる。
片岡亀蔵の瀬尾は満足。敵役の前半と「もどり」の後半を鮮やかに演じ分けた。娘や孫を思う情がにじみ出る。この演目の柱になっている。
松之助の九郎助、吉弥の女房小よし、猿三郎の仁惣太。子役の太郎吉。敢闘。
笑三郎の葵御前。門之助の小万。
次ぎの「土蜘」。ほぼ満足。
松緑の僧智籌実は土蜘の精。満足。前半、語尾を下げる癖が出ず、高僧に近づいた。後半、クモの糸を放つ立ち回りで見せ場を作る。
彦三郎の源頼光。ほぼ満足。口跡よく、存在感示す。
團蔵の平井保昌。
第二部
「らくだ」。満足。外れることはあまりない作品だが、死体を踊らせて爆笑を取る。
中車の紙屑屋久六。ほぼ満足。気弱な男が酒で強い男に変わる様も、まずまず。
愛之助のやたけたの熊五郎。満足。実盛とは異なり、のびのびと乱暴者を演じている。
亀蔵のらくだの宇之助。満足。台詞なしで、たっぷり笑いを取る。
橘太郎の家主幸兵衛。やや満足。老獪さが、わずかながら出る。
松太郎の家主女房おさい。
次ぎの「蘭平物狂」。満足。「行平館」は平板だが、「奥庭」のダイナミックな立ち回りで大きな見せ場を作っている。
松緑の奴蘭平実は伴義雄。ほぼ満足。前回より一子繁蔵(左近)への情は薄いが。
亀蔵の壬生与茂作実は大江音人。今月大働き。
新悟の女房おりく実は音人妻明石。愛之助の在原行平。児太郎の行平奥方水無瀬御前。
第三部
「瞼の母」。満足。石川耕士の演出で、忠太郎が母おはまと再会を果たす大詰だけでなく、兄弟分半次郎にやくざの足を著せる序幕から涙線を刺激する。
中車の番場の忠太郎。満足。ややかすれた低い声が、渡世人に似合う。裏街道を歩く男の切なさや誠をうまく表す。八月納涼歌舞伎の「刺青奇偶」の半太郎に次ぐ渡世人役。股旅役者とでも言おうか、いい鉱脈を手に入れた。
玉三郎がおはま。大きな料理屋の女将の役同様、舞台をしっかり支える。最後は息子を探しに行き、「忠太郎やーい」と呼ぶことが多いが、「忠太郎―」とだけ呼んだ。この人らしいリアルさである。
彦三郎の半次郎。萬次郎の半次郎母おむら。歌女之丞の夜鷹おとら。いずれもほぼ満足。
最後の「楊貴妃」はほぼ満足。幻想的な耽美の境地。
玉三郎の楊貴妃も、ほぼ満足。京劇に通じる美の世界を作り出した。
中車の方士。
4日所見。
――26「」日まで歌舞伎座で上演。

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