« 焦点・倉田喜弘編「江戸端唄集」出版 | トップページ | 新橋演舞場・十月花形歌舞伎評 »

2014年10月 6日 (月)

歌舞伎座・十月大歌舞伎評

<見>十七世勘三郎二十七回忌と十八世勘三郎三回忌の追善公演という。時は飛ぶように過ぎていく。遺児勘九郎・七之助の大役を、ゆかりの仁左衛門、秀太郎、梅玉、玉三郎、扇雀、橋之助、彌十郎らが支える。
 昼の部は「野崎村」から。七之助がお光で、児太郎のお染、扇雀の久松。
七之助は久松との祝言に浮足立つ前半、明るくはしているが、祖父・芝翫のようにもっと明るい田舎娘にしたほうがいいのではないか。ラストとのコントラストをつけるために。
訪ねてきたお染に意地悪するあたりは、コミカルな味も出る。尼姿で久松を見送るラストは悲しみにあふれて上出来。児太郎は、久松の子を身ごもり後へは引けぬ娘の切なさがあり結構。ただし、声に工夫がほしい。
 久松の父・久作の彌十郎は、なくてはならない老け役になりつつある。
お染の母・お常の秀太郎は、芝居全体の重しになっている。
 舞踊二題のうちの最初は、扇雀の長唄「近江のお兼」。落ち着いて暴れ馬を止め、後半のサラシのさばきも鮮やか。中のクドキもいい。
 続く清元「三社祭」は、橋之助の悪玉、獅童の善玉。元気のいい2人だ。
 昼の部最後は「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」。勘九郎が、旧主のために名刀・青江下坂とその折紙(鑑定書)を探す福岡貢で、七之助が恋仲の遊女・油屋お紺。貢には和事風の「ぴんとこな」で演じる方法もあるが、勘九郎は普通の立役に演じている。お紺の愛想尽かしにかっとなる実直な貢である。七之助の愛想尽かしに哀しみが潜み、聴かせる。
 仁左衛門が貢に忠義を尽くす料理人・喜助、玉三郎が意地悪な仲居・万野、梅玉が貢の主人・今田万次郎。3人は主役を立てるため抑えをきかし、文句なしなのだが、それでもインパクトがあり、貢がかすみがち。ご馳走がおいし過ぎか。
 橋之助が貢に金を貢いだと騒ぐ遊女・お鹿。男が出過ぎのようだが、面白く演じている。
 児太郎がお岸。ここは声も問題なし。小山三が仲居・千野で顔を出す。いつもながらスター並みの拍手が来る。
 夜の部は、仁左衛門の松王丸に勘九郎が初役で武部源蔵に挑む「寺子屋」から。松王女房・千代が玉三郎で、源蔵女房・戸浪に七之助。仁左衛門・玉三郎が勘九郎・七之助をがっちり支え、情のある義太夫狂言になった。
 旧主・菅丞相の子息・秀才を守るため我が子を犠牲にした松王夫婦。仁左衛門の松王は豪快より情愛に勝る。息子が忠義を見事果たした喜びとその息子を失った悲しみが交錯する泣き笑いでこの悲劇は頂点に押し上げた。園生を呼子でなく扇で招いたが、雰囲気のあるいい型である。玉三郎の千代も見事。夫から一歩下がって息子を失った悲しみを存分に表わる。
 勘九郎は、真面目な源蔵が仁にかない、源蔵戻りからそれが効果を発揮する。「せまじきもの」の名台詞をぐっと低く語り、結構。七之助も夫や寺子を愛するいい女房である。
園生の前の扇雀、春藤玄蕃の亀蔵も卒なく、国生が涎くり与太郎で健闘した。
竹本・清元掛け合いの舞踊「吉野山」は、藤十郎の静御前に梅玉の忠信。浅葱幕が切って落とされたときから満開の桜の中に馥郁たる香が漂う。葵太夫の義太夫に乗る梅玉の戦物語に味がある。橋之助の早見藤太は堂々とし過ぎかもしれないが、半道敵の役割は果たす。
 最後は三島由紀夫の「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)」。鰯売猿源氏が傾城・蛍火に接近するため大名に化けるが、蛍火は以前から鰯売に恋焦がれていたという喜劇。
 猿源氏と蛍火を十七世勘三郎・六世歌右衛門で初演、其の後十八世勘三郎・玉三郎で復活、人気作品にした。今月はそれを勘九郎・七之助で演じるから、まさに追善にふさわしい舞台である。
 勘九郎は父・十八世の愛嬌や軽妙さにまだ及ばないが、熱演で舞台を引っ張る。七之助はおおらかで結構。博労六郎左衛門の獅童、猿源氏の父・海老名なあみだぶつの彌十郎で明るい喜劇を作った。
 勘九郎と七之助は父・十八世勘三郎を失い2年。その間の成長ぶりを見せ、いい追善になった。
3日所見。
――25日まで上演。

« 焦点・倉田喜弘編「江戸端唄集」出版 | トップページ | 新橋演舞場・十月花形歌舞伎評 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歌舞伎座・十月大歌舞伎評:

« 焦点・倉田喜弘編「江戸端唄集」出版 | トップページ | 新橋演舞場・十月花形歌舞伎評 »

無料ブログはココログ