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2014年11月 5日 (水)

歌舞伎座・顔見世大歌舞伎評

<見>初世白鸚三十三回忌追善の今月、何と言っても注目すべきは孫・染五郎の夜の部における「勧進帳」弁慶初挑戦である。富樫に父・幸四郎、義経に叔父・吉右衛門という大看板でしかも弁慶役者の共演陣に押しつぶされるのではないかと心配したが、杞憂であった。41歳という遅い弁慶デビューが幸いしたのであろう。そう考えると、何が幸いするか分からないものだ。
 花道の出で万雷の拍手。大きな義経と並ぶが、低音でしっかり語る。本舞台で富樫とも臆することなく対峙する。関所通過の願いに気迫がこもる。勧進帳の読み上げも堂々。数々の見得も極まる。難を言えば、問答の後半声が高くなり抑えが効かない。これは今後の課題。義経打擲に対する悔恨と嘆きは大きく、延年の舞では舞踊の力量を発揮した。義経一行の無事通過を見送り、幕外になると、観る側にも安堵を感じさせる。客席に向かって礼をすると、胸が熱くなる。勢いよく揚幕に飛んで行く六方は、若さ、瑞々しさに満ちていた。
 幸四郎の富樫は情がある。義経一行であることを知りながら関所を通過させることを納得させる。吉右衛門の義経は30数年ぶり。品のある細い声で聴かせる。太刀持ちを勤めた染五郎長男の金太郎が、しっかり舞台を見つめていた。
 昼の部の幕開きは舞踊「寿式三番叟」。我當の翁に亀寿、歌昇、米吉の3人による千歳で、前半からにぎやか。三番叟が染五郎と松緑で軽妙というより、力強くダイナミックな祝祭舞踊であった。
北條秀司の「井伊大老」は、吉右衛門が当たり役の井伊大老。桜田門外も付く。
 吉右衛門は大名の大きさ、信念に生きる男の厳しさを出し、他に追随を許さない大老。桜田門外の変も立派な最期である。
 お静の方の芝雀は、明るい側室。日陰の身の部分がほしいところ。錦之助の水無部六臣は病身にもかかわらず大老暗殺に命をかける気迫があり、歌六の仙英禅師は飄々としたたたずまいの中に鋭い眼力を見せて好演。又五郎の長野主膳。菊之助の奥方昌子の方。
 昼の最後は幸四郎の「熊谷陣屋」。周りは妻・相模が魁春、弥陀六実は宗清が左團次で義経は菊五郎とベテランが揃う。義太夫にのり重量感のある時代物になった。
 幸四郎の熊谷直実は我が子を敦盛の身替わりとして殺した苦衷が肚にあり、父親としての情の厚さに優れている。僧形での花道の引っ込みは、突然の遠寄せに侍魂を蘇らせることもなく、子を思う心だけで押し通す。この人らしいやり方である。
 堤軍次に松緑、梶原景高に幸太郎改め高麗五郎。
 夜の部の最初は、松緑の幡隋院長兵衛、菊之助の白井権八で「鈴ケ森」。松緑は「お若えの」の名台詞の出だしの声が高く、気になったものの、押し出しもあり、まずまず。ただ、若さを隠す工夫が必要。菊之助は水もしたたる美剣士で当代一の権八。
 彦三郎、團蔵が雲助に出て、権十郎が飛脚。
  今月を締めくくるのは菊五郎の「すし屋」。菊五郎のいがみの権太は長年手がけている当たり役。小悪党のきびきびした動きにかつての鋭さは影を潜めているが、妻子を若葉の内侍と六代君の変わりとして鎌倉方に差しだしたと真相を述懐するモドリは泣かせる。台詞のうまさである。
 弥助実は維盛が時蔵で、お里が子の梅枝。お里に、維盛から情けない情けを受けた鄙の娘の悲しさが出る。
 幸四郎の梶原景時は御馳走。左團次の弥左衛門、右之助の女房・おくらで悲痛な愁嘆場を作った。萬次郎の若葉の内侍。
3日所見。
――25日まで歌舞伎座で上演。

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