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2015年1月 6日 (火)

初春大歌舞伎昼の部評

<見>松竹創業120周年の記念公演。染五郎が松永大膳に挑戦する「金閣寺」で幕が開く。低音を効かせ、大物の重みを出している。これを万全なものにするには、天下を狙う国崩しの悪をたっぷり注入するべきだろう。七之助の雪姫は、楚々とした姫らしさの中に夫・直信(笑也)を想う性根を込める。「爪先鼠」にも竹本に乗り、絵になり、三姫のひとつにふさわしい出来。此下東吉の勘九郎に勢いがある。
慶寿院に門之助、十河軍平に男女蔵、鬼藤太に廣太郎。
 続く「蜘蛛の拍子舞」は、源頼光(七之助)が白拍子妻菊に化けた女郎蜘蛛(玉三郎)を退治する。前半の妻菊は以前同様、玉三郎らしい妖艶な白拍子。今回は化け物の本性を顕してか凄味が出る。押し戻しの坂田金時の染五郎、渡辺綱の勘九郎らを率いて華麗でスペクタクルな舞踊劇になった。
 昼の最後は幸四郎が駒形茂兵衛を勤める「一本刀土俵入」。時代物役者の幸四郎だが、近年は世話物も結構。この茂兵衛もしかり。しがない褌担ぎの前半に愛きょうがあり、横綱を夢見る一途さがある。後半は颯爽とした渡世人。この変貌ぶりで見せ、最後の名台詞で聴かせる。失われつつある人情を舞台で輝かせる。
 文無しの茂兵衛に櫛、かんざしを与えるお蔦の魁春は、すさんだ酌婦時代に踏み込むが足りない。が、茂兵衛が礼を言いに来る10年後、は情のある、この人らしい母親になっている。
 波一里儀十に歌六、お蔦の亭主・辰三郎に錦之助。
 友右衛門が老け役・清大工に挑戦した。相手の老船頭は錦吾。健闘しているが、のどかな布施の川べりの風情には少し距離がある。
 今回は文無しの茂兵衛に難癖をつける船戸の弥八(由次郎)が、親分に出世している姿を見せる。珍しい演出である。小山三が酌婦で少し語るが、いつも通り大受けだ。
4日所見。
――26日まで歌舞伎座で上演。

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