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2015年3月 9日 (月)

三月大歌舞伎評

<見>昼夜で三大義太夫狂言のひとつ「菅原伝授手習鑑」の通し。
仁左衛門、秀太郎、左団次らベテランと染五郎、松緑、菊之助、愛之助ら花形で舞台を作ったが、義太夫物はベテランが圧倒的な強みを発揮した。花形も達者揃いなのだが、「菅原」ということで神妙になりすぎたのではないか。力を持っているのだから、もっと溌剌と演じてほしい。
 昼の部は皇弟・斎世親王の舎人・桜丸と女房・八重が親王と右大臣・菅丞相の養女・苅屋姫を密会させる「加茂堤」から。菊之助の桜丸は和事味が不足するものの、若々しくさわやか。梅枝の八重もいい若妻である。ただ、2人から色っぽさ、おかしさはまだ出ない。萬太郎の親王に壱太郎の姫。亀寿が丞相を陥れようとする左大臣・藤原時平方の三善清行。
 「筆法伝授」は、丞相が不義により勘当している武部源蔵に筆法を伝授する。
仁左衛門の丞相は、勘当は勘当、伝授は伝授とけじめを厳しくつけ、参内の途中で冠を落とす件は悲運を感じさせる。
 染五郎の源蔵は実直で、役にはまっている。梅枝がここでは源蔵女房・戸浪。愛之助が舎人・梅王丸。魁春が丞相の妻・園生の前で存在感を示した。
 橘太郎が、伝授を熱望しながら認められない左中弁希世で、三枚目を好演している。
 最後は昼の部の眼目「道明寺」。時平の讒言により流罪をなった丞相が、道明寺に立ち寄り、時平の魔の手から逃れ、苅屋姫と別れを惜しむ。仁左衛門の丞相は、偽使いに呼び出され退出する木造の丞相と姫との名残を惜しむ本物の丞相を見事に演じ分ける。神格化されるほど高貴な人物・菅原道真の品位、威厳を保ちつつ、養女・苅屋姫に対する強い父性愛も漂わせ、この人ならではの丞相を造形する。共演陣の好演もあり、この場が月一番の出来である。
 共演では、秀太郎の姫の母・覚寿が秀逸。三婆のひとつで、姫を杖で摂関する怖い老女の役である。女性の優しさを備えながらも、強靭な精神の持ち主であることも示す。
 芝雀が苅屋姫の姉・立田の前。彌十郎が立田の夫で丞相の命を狙う宿祢太郎で、歌六が宿祢の父でやはり悪党の土師兵衛。重みのある歌六の土師と彌十郎の軽い宿祢で、悪党父子の軽重のバランスが面白い。「筆法伝授」で忠義の梅王を演じた愛之助が、ここでは池に飛び込む奴の宅内でコミカルな味を出した。菊之助の判官代輝国は捌き役の強さが欲しい。
 夜の部は、丞相方と時平方に分かれた三つ子の兄弟、梅王丸、桜丸、松王丸が対峙する「車引」から。
 染五郎の松王に愛之助の梅王、菊之助の桜丸。人気花形が揃い、ラストの絵面の見得も極まる。染五郎、愛之助ともに立派に荒事をこなしているが、2人とも声を張り上げたとき、声量が落ちる。これでは弱くなる。彌十郎の時平、萬太郎の杉王丸。
 続いて、三つ子の三組の夫婦が父・白太夫の古希の祝いに集まる「賀の祝」。桜丸が、丞相流罪の責任は親王と姫を密会させた自分にあると悔やみ、自害する。菊之助の桜丸は
神妙に、丁寧に演じる。染五郎の松王丸と愛之助の梅王丸のケンカが見せ場になった。左團次の白太夫、息子の桜丸を失い、松王丸を勘当する苦衷をじっくり聞かせ、ベテランのうまさを見せる。
 孝太郎が松王女房;千代、梅枝が桜丸女房・八重、新悟が梅王女房・春。年長の孝太郎がさすがにうまい。
 今月の締めくくりは、時平方と思われた松王が自分の息子・小太郎を丞相の息子・菅秀才の身替りに差し出す「寺子屋」。染五郎が松王。低い声にして神妙。善心を示すもどりをじっくり聞かせる。
 松緑の源蔵が予想外によかった。台詞も動きもいい。「せまじきものは」の名台詞もしっかりしている。
 孝太郎の千代。壱太郎の源蔵女房・戸浪。亀鶴の春藤玄蕃は敵役の迫力があった。
5日所見。
――27日まで歌舞伎座で上演。」

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コメント

松王が自分の息子・小太郎を丞相の身替りに差し出す、は間違いですね。

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