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2016年1月 7日 (木)

初春大歌舞伎評

<見>顔見世のような豪華な顔ぶれ。昼の部は「廓三番叟」から。孝太郎の傾城、種之助の新造、染五郎の太鼓持ちでにぎやかに幕が開く。「義経千本桜・鳥居前」は橋之助の狐忠信。荒事に力がこもる。彌十郎が神妙に弁慶を勤めた。門之助の義経、児太郎の初々しい静御前。  「石切梶原」は既に定評のある吉右衛門の梶原平三。素晴らしい刀の目利きの姿。肩に力を入れることなく切れ味よい生締め。歌六の青貝師六郎太夫は柔らかさの中に芯のある老けになっている。芝雀の娘梢。又五郎の大庭は悪の味が薄い。歌昇が元気な俣野。男女蔵が囚人呑助を好演。  昼の部最後は玉三郎の「茨木」。渡辺綱に奪われた腕を伯母真柴に化けて取り戻しにくる前半に凄みがある。松緑が力強い渡辺綱。   夜の部は梅玉、橋之助の「猩々」でめでたく始まる。松緑の酒売り。  「二条城の清正」は今月最も見応えがあった。家康に呼びつけられた幼い秀頼が老臣清正に守られ二条城に赴き、無事大阪城に帰還する。幸四郎の清正。家康との対面の場では、危機感がみなぎり緊迫の連続、スリリングである。秀頼への忠誠心と慈愛が舞台に広がり、大当たり。孫の金太郎が品格のある秀頼。左團次の家康に風格があり、老獪さもにじませる。彌十郎の本多佐渡守もいい。魁春の大政所。  「吉田屋」は鴈治郎の伊左衛門で、コミカルな持ち味が生きる。玉三郎の美しい傾城夕霧。  最後は「直侍」。染五郎の直次郎。「そば屋」も「大口寮」も、かっこいいだけでなく、道を外した者の悲哀がにじむ。ただ、見たあとそばを食べたくなるほどの味はない。 芝雀の三千歳にも遊女の悲哀が漂う。東蔵が余人をもって代えがたい按摩の丈賀。吉之助が丑松を好演している。 4日所見。 ――26日まで歌舞伎座で上演。

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