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2017年6月 8日 (木)

六月大歌舞伎評

<見>昼の部は「名月八幡祭」で幕が開く。松緑が深川芸者・美代吉(笑也)にだまされて狂い、凶行におよぶ縮屋新助に挑戦。神妙に演じているから、田舎の真面目な商人の感じが出て、予想外の健闘。笑也はもっと奔放さがほしい。猿之助が美代吉の情夫・船頭三次。こちらはダニのような小悪党ぶりがいい。猿弥が貫禄ある魚惣で、存在感を示す。
 続く「浮世風呂」は猿之助が三助・政吉で女なめくじ(種之助)との色模様を見せたり、若い者相手に所作立てを見せたり。常磐津に乗りお家芸をきびきびと踊る。
 「弁慶上使」は吉右衛門の弁慶で重厚な時代物になった。弁慶は18年前に生涯たった一度交わした女性との契りで出来た娘・しのぶ(米吉)の存在を知るが、主君義経の正室・卿の君(米吉二役)の身替わりとして殺す。その首と、頼朝に身替わりを悟られないようにと切腹した侍従太郎(又五郎)の首を抱えて花道を去る。現代ではありえない悲劇を歌舞伎芝居として納得させるるのが近年のこの人の芸の高さである。雀右衛門がしのぶの母・おわさ。吉右衛門の高い芸を支える好演。又五郎も深みのある侍従太郎で同様の好演。葵太夫の義太夫も悲劇を盛り上げた。
 夜の部は「鎌倉三代記」の「絹川村閑居の場」から。幸四郎の安達藤三郎実は佐々木高綱。雀右衛門の時姫、松也の三浦之助、秀太郎の三浦之助母・長門。幸四郎の藤三郎の飄逸な芸もいいが、ここは松也の瑞々しい若さが光る。そして「弁慶上梓」で母・おわさを好演した雀右衛門が若い姫のけなげさを出している。しかも三姫としての格もある。
 「御所五郎蔵」は仁左衛門の五郎蔵に左團次の星影土右衛門。「五條坂仲之町」の出会いは、仁左衛門の口跡がいささか気になったが、やはり豪華で大きい。歌六の甲屋与五郎。「甲屋奥座敷」に変わって、雀右衛門の傾城・皐月。後ろ髪引かれる思いの五郎蔵への愛想づかしで聴かせる。今月は三役とも結構。
 最後は「一本刀土俵入」で、今月一番見応えがある舞台。力演の役者がうまくぶつかりあったからであろう。
 幸四郎の駒形茂兵衛は「取手の宿」で、夢と希望と空腹の純なふんどし担ぎ。10年後、世話になったお蔦に恩返しに行く「布施の川べり」からは、社会の裏を知ったやくざになっている。きりっとしたやくざになっても強いだけでなく、優しさがあるのが、この人らしい。
 猿之助のお蔦。茂兵衛に金を恵む酌婦の時は地声に近い声で荒んだ様を出している。能の如き演技。「お蔦の家」では一転、娘思いのいい母である。頭突きで茂兵衛を思い出す件もうまい。猿弥の船戸の弥八もいい。「取手の宿」では単なる無法者ではなく、軽薄さがよく出ており、「布施の川べり」ではひとかどの親分だ。10年の歴史がくっきり刻まれているから芝居が面白い。
 歌六の波一里儀十、松緑の船印彫師辰三郎、松也の掘下根吉も短い出番ながらいい味を出している。由次郎の清大工、錦吾の老船頭が、利根川ののどかな情緒を醸し出すまであと一歩である。
4日所見。
――26日まで歌舞伎座で上演。

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